第51話 友人の話-留守宅の骨
商社マンのマツバラくんは数年前、南アフリカへ転勤するよう辞令を受けた。
実はその数カ月前、彼は家を建てたばかりだった。
「子どもができたから」
2人目の子どもが生まれたのを機に、マイホーム購入を決意したのだ。
注文建築だった。
サンタが来られるように、という子どもたちの要望で、小さな飾り煙突をつけた。
南アフリカ駐在は、おそらく5年程度になるだろう。
誰も住まなければ、家は荒れる。
とはいえ、住んでまだ半年にもならない家を、手放すのは惜しい。
結局マツバラくんは会社の斡旋で、自社の後輩社員に家を貸すことにした。
全くの赤の他人ではないので、信頼はおける。
それでも、新築の家が心配で、マツバラくんは日本に戻る機会があると、自宅にも顔を出して様子をうかがった。
幸い、後輩一家には小さな子どもが1人いるものの、きれいに使ってくれていた。
安心して、2年ほど顔を出さない期間が続いた。
南ア駐在から4年が過ぎ、来年にはどうやら日本に戻れるのでは、という雰囲気が感じられるようになったころ、ふと嫌な噂を聞いた。
家を借りている後輩が、しばらく前に会社を辞めてしまった、というのだ。
どうやら心を病んで、しばらく入院したあげくの退社だったようだ。
今は家に引きこもっているようだという。
明け渡しの期限を切って契約しているが、はたしてすんなり家を明け渡してもらえるのか。
家族が帰国する数カ月前、マツバラくんは日本出張の機会に、自宅を訪れた。
久しぶりに見るわが家は、以前と変わらない様子に見えた。
ただ、出迎えた後輩は、ひどく痩せこけていた。
マツバラくんの記憶ではふっくらタイプだった彼の妻も、そして子どもも。
大丈夫か?
後輩一家のことも心配だが、家のことも気になる。
「なんやわからんけど、変な臭いがしたんや」
今、使っている家具を持ち帰って置けるか知っておきたいから。
そう理由をつけて、キッチンや二階の子ども部屋など、あちこちを見て回った。
特におかしなことはない。
だが、古い干物のような臭いが、どの部屋でも鼻をつく。
専門家にハウスクリーニングを頼むしかない。
結局、一家で帰国する一か月前には、家を空けてもらえたので、専門の業者に念入りな清掃作業を行ってもらうことができた。
家に帰ってみると、すっかりきれいになっていて、臭いも消えていた。
久しぶりの日本、久しぶりのわが家である。
これからは家族4人、くつろいで暮らせる。
そう思ったマツバラくんだったが、その夜、奇妙な夢を見た。
二階にある寝室に向けて、なにかが階段を上ってくるのだ。
複数の小さな影……。
「猫やったと思う」
上ってくるばかりで、下りていく影はない。
しまいには、廊下や3間ある二階の部屋は、小さな影がひしめく有様となった。
鳴くわけでもなく、足音もたてない。
ただ、臭いがひどかった。
あの古くなって、いたんだしまった干物の臭い。
あまりの悪臭に、ハッと目が覚めた。
ベッドの上でボンヤリまどろんでいたが、ふと背筋に冷たいものを感じた。
「臭いが、部屋の中に残っててん」
そんなことが1週間続いた。
不気味だが、どう伝えていいのかわからず、マツバラくんはそのことを家族にはいわなかった。
そのうちに気づいた。
二階にひしめく黒い影たちは、ある場所へと消えていく。
押し入れの上、寝室の天袋へと、吸い込まれるように上っていくのだ。
夜が明けると、マツバラくんは思いきって天袋を開け、中をのぞいてみた。
季節はずれの衣類が袋に詰めて入れてあるだけで、特におかしなものはない。
「屋根裏じゃないの」
妻がいった。
聞けば、妻もこの1週間、同じような夢を見続けているという。
天袋の上には、屋根裏へと通じる点検口が設けてある。
脚立を使って、マツバラくんはよじ登り、中をのぞいた。
「白い枯れ木みたいなもんが、一面に溜まってて」
枯れ木で埋め尽くされた屋根裏には、あの臭いがこもっていた。
少しして気づいた。
枯れ木のように見えるものは骨だった。
人ではない。
小動物の骨だ。
「たぶん猫やな」
マツバラくんは便利屋に依頼して、骨を拾い集めてもらい、近所の寺に持ち込んだ。
「あいつがやったんやろうけど」
どうやって集めて、そこに撒いたのかは、知りたくもないという。
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