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第54話 友人の話-念願

「お客にカナイっていうのがいて」

居酒屋でアルバイトをしていたショウジさんの話。

市役所の清掃局に勤めるカナイくんは、週に2日はやってくる常連。
霊を見るのが夢、と語っていた。
怖い思いをしたいのではない。
100%好奇心から、なのだとか。

あるときショウジさんの勤める居酒屋に新人の女の子が入ってきた。

「それが、けっこう見える子で」

男性客3人のテーブルにつきだしを4つ出したりする。
驚く話を聞いてみると、サーフィン仲間の一周忌だった、などということもあった。

そんな噂を聞いたのだろう。
カナイくんがその新人にちょっかいを出すようになった。

「デートに誘われた、ってその子から相談されて、放っておけなくて」

偶然を装って、ショウジさんは待ち合わせの場所に顔を出した。

もともと幽霊が目当てだったらしく、カナイくんはさほど嫌な顔をしなかった。
3人でドライブにいこう、という。

ただ、彼が強引に決めた行き先は、六甲山中にあるトンネルだった。

「出る」スポットとして名高いところだ。

古くに作られたもののため、灯りはまったくない。
むき出しの岩肌が不気味で、夏場は肝試しの若者で混雑するほどだが、ショウジさんたちが訪れたのは、真冬のことだった。

路面凍結の危険を押して、そんなところを訪れる物好きは、他に誰も見当たらない。

愛車の古いワーゲンをトンネルに乗り入れたカナイくんは、あろうことかエンジンを切り、ヘッドライトも切った。

「やめて、やめて、って私と彼女で大騒ぎしたんだけど」

そのうちに新人の女の子が、ふと押し黙り、うつむいた。
身体を縮こまらせて、カタカタと小さく震えている。

「なんか、見えるの?」
期待を込めて、カナイくんが訊ねる。

「ちょっとやめ……」
ショウジさんは話をさえぎろうとしたが、女の子は小さくうなずいた。

なにか呟いている。
耳を寄せると、「いっぱい。中、中……」

ゾッとしたが、ショウジさんにはなにも見えない。
カナイくんもキョロキョロするばかりだ。
見えないことが腹立たしいのか、エンジンをかけ、クラクションを鳴らした。

ファーン、ファーンという大音響が、トンネルの中にこだまする。
真っ暗闇の中、その音は耳を聾すような大音響だった。

もうやめて!
ショウジさんは怒鳴りつけたが、カナイくんはやめない。

と、新人の女の子が手を伸ばして、ヒーターのスイッチを入れた。
一瞬にして車内の窓ガラスが曇った。

「全身に鳥肌が立ったわ」

窓ガラス一面に、無数の手形と顔型が浮かび出たのだ。
手形は大小さまざま。
顔はどれもひどい苦悶の表情に見えた。

帰り道は全員、ほとんど無言だった。

「それからカナイは、プッツリと来なくなっちゃって」

新人の女の子も、ほどなくしてその店を辞めていった。

しばらくして、同じ市役所の宴会が入ったときに、ショウジさんはカナイくんのことを訊ねてみた。

「あの後で体調を崩して、そのまま仕事を辞めたみたい」

眠るのが怖い……そう呟くのを何人もが聞いたという。

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