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第65話 友人の話-万引き

ハナキくんはコンビニの店長をしている。
地主の親がチェーンの営業マンに勧められて始めた店だ。

「息子の仕事場を作りたかったんでしょうね」

サラリーマンを1年で辞め、以来、アラフォーまでバイトや派遣で食いつないできた。
そんな息子の行く末を考えて、始めてくれた店だという。

いくらかでも黒字ならよし。
ハナキくんもそんな気楽な気持ちだったが、いざふたを開けてみると、開店からひどい赤字が続いた。

原因は簡単だった。
地域はコンビニの密集地で、後発の店が食い込む余地は、最初から小さかったのだ。

売り上げが少ないなら、経費を切り詰めるしかない。

「一番痛いのは、万引きでした」

小中学生から、主婦、サラリーマン、高齢者……捕まえてみると、万引き犯のバラエティは信じられないほど多彩だった。
損害も大きく、毎月、従業員の人件費3人分くらいはやられた。

そんなハナキくんの店で、あるとき、アルバイト店員が万引き犯を捕まえた。
80代とおぼしき老女だった。

少し痴呆が入っているのか、話があまり通じない。
盗もうとしたのも、お菓子類を少しだけだったので、身元を確認するだけで返した。

1週間後、同じ老女がまたやった。
今度は家族を呼び、注意を促した。

駆けつけた娘によると、アルツハイマーが進んでいて、人のものと自分のものの区別がつかなくなっている、という。

そんな母を万引き犯として捕まえるのはひどい、と非難されて、ハナキくんは鼻白んだ。
今回は、栄養ドリンクのパッケージを開けて、その場で飲んでしまっている。
ドリンクの中でも2000円ほどする高額のものだったが、警察を呼んではいない。
弁償してもらえるなら、ことを収めるつもりだった。

娘からはドリンク剤のお金を払う、という言葉はない。
人でなしのようにいわれ、売り言葉に買い言葉で、つい警察に電話してしまった。

窃盗事件である。
訴えがあれば、警察は型通りに老女を捕まえる。
娘は狼狽し、今度は警官をののしった。

「そういう運動をしていた人なのかな……『ブタ』とか『権力の犬』とか、ひどい言い様で」

あまりの言葉に、警官がつい声を荒げて対応する。
その瞬間、それまでどこ吹く風でボンヤリと事態を見ていた老女がボロボロと泣き出した。

「申し訳ありません。娘を許してやってください」

必死に頭を下げる姿に、ハナキくんは胸を打たれ、事件にはしない、と警官に告げた。

以降も、老女はやってきて、万引きを繰り返した。
ほとんどが、その場での飲み食いなので、金額的にはそれほど大きな被害ではない。

「盗んだものを売る目的でやってくる中高生に比べれば、かわいいものでした」

ハナキくんはアルバイト店員にも、「見て見ぬふり」をするよう、指示を出した。

陳列棚の間でコソコソと飲み食いしている姿を見ても、元気にしているのだな、と考えるようにしていた。

そんな風にして半年ほどが過ぎたある日、奇妙な噂を聞いた。

老女はすでに亡くなっている。
警察沙汰の数日後、交通事故に遭ったというのだ。

地主であるハナキくんの両親は、地域の事情に明るい。
訊ねてみると、その事故のことを知っていた。

では、あれは誰なのだ?
今も3日に1度はやってきて、お菓子やジュースを万引きするあの老女は?

首をひねりながら店に出た矢先、問題の老女を見つけた。

店の奥、高価なウィスキーなど、アルコール類を置いてある棚の前にいる。

封を切ろうとしているのを見て、これは声をかけねば、と思った。
カウンターから店の奥に歩み寄っていくと、老女が顔を上げハナキくんの方を見た。

「ニッと笑って、手招きしたんです」

さすがに頭に来て、ハナキくんは足を速めた。
もう数歩で老女に手が届こうか、という瞬間、ものすごい衝撃音が店内に響いた。

「ブレーキとアクセルを間違えた車が、店に突っ込んだんです」

車はカウンターの付近から、斜めに店内を暴走し、中をグチャグチャに破壊して止まった。

無事だったのは、酒類の棚だけだった。

「1本も割れてませんでした」
その間近にいたハナキくんも、かすり傷一つ追わなかった。

いつの間にか、老女が消えていた。

「助けてくれたんだ、と思うことにしています」彼は残念そうに顔をしかめた。「その事故以来、姿を見かけなくなったんです。お礼をいいたいのに」

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