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第35話 友人の話-連れておいで

イナミくんは地方の国立大学出身だ。
昨年、当時の恩師が亡くなったので、葬儀に参列するため、大学がある街を訪れた。

泊まりがけだった。

「日帰りでもよかってんけど」
有給休暇も取れたので、一泊して、久しぶりの街を味わいたかったのだ。

宿は駅前のビジネスホテルをとり、葬儀の夜は懐かしい仲間数人と街で酒を飲んだ。
部屋に戻ると、携帯電話が鳴った。

実家からの電話だった。
通話ボタンを押したのに、なぜか携帯の電源が落ちた。

つけていたテレビも消えた。

「今にして思うと、けっこう怖い状況やった」

イナミくんはそれまでも何度か、霊的なものに遭遇したことがあった。
前兆として電化製品がついたり消えたりしたときには、『かなりヤバイもの』を見ていた。

詳しくは教えてくれなかったが、人を連れて行くようなものに出会ったこともあるという。

だから震え上がるところだったが、そのときは酒気が残っていたせいもあり、それほど怖いと思わなかったそうだ。

幸い、電源ボタンを押すと、携帯電話はすぐに立ち上がった。

「俺やけど。電話くれたやろ」

電話に出たのは母親だった。
葬儀に参列したことを知っていたため、実家にも足を伸ばすのか、訊ねたかったのだという。

「なんやったら、その女の子も連れておいでな」

うれしそうに母が言った。

「女の子?」
「後ろでなんか歌ってる子やんか」

テレビは先ほど勝手に消えたきり、つけていなかった。
部屋にいるのは彼一人。耳を澄ましても、ホテルの廊下や隣室などから、声など聞こえてこない。

イナミくんは電話を切ると、あわてて1階のフロントに下り、部屋を換えるよう頼んだ。

「フロント係のオッサン、あっさりOKしおった」

それで彼は「ああ、いるのだな」と確信したそうだ。

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