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第50話 友人の話-墓地の僧侶

クシダさんは子どものころ、ずいぶんお転婆だったという。

「兄が2人いて、小学生のころはいつも一緒でしたから」

夏のある日、近所にある墓地で肝試しをすることになった。
遊び仲間5人ほどと約束して、夕食後、こっそり家を抜け出し、集まることにしたのだ。

「いかにも出そう、という感じの場所で……」

古いお寺の裏手にある墓地で、並んでいる墓石も古いものが多い。

その奥はうっそうとしげる竹藪だ。
風が吹くとザワザワと波打つように揺れる。

懐中電灯を手に集まったクシダさんたちは、2人1組で墓地に入り、一番奥にある墓までいって、戻ってくることにした。

クシダさんの兄たちは昼間、その墓に自作の札を5枚置いてきたという。
それを取って来られたら、「勇者」の証というわけだ。

最初の2組は、途中で引き返してきた。
真っ青な顔で、墓地になにかがいた、という。
クシダさんや兄たちは、竹藪が揺れる気配に怯えたのだろう、と決めつけた。

クシダさんの番になった。
子どもたちの仲で一番小さかったので、最年長であるクシダさんの長兄と一緒に行くことになっていた。

半ばまで進んだところで、墓石の間に立つ、影を見た。
幽霊だ、と思ったクシダさんは、懐中電灯を向けた。

「捕まえてやろう、と思ったんです」

だが、そこにいたのは墨染めの衣を着た中年の僧侶だった。

「ホクロの坊さんって呼んでました」
横にある寺の住職だ。
名前は知らないが、鼻のすぐ脇に小豆ほどもある大きなホクロが目立つため、子どもたちはみな、そう呼んでいた。

怒られる……。
パニックに襲われたなったクシダさんは、とっさにおかしなことを口走っていた。

「幽霊、って見たことあります?」

住職は笑って首を横に振った。「そんなものはいないよ」

専門家であるはずのお坊さんにそう言われて、クシダさんはガッカリした。
兄もなんとなくしらけたのか、早足で住職の前を通り過ぎると、お札を取って引き返した。

家に帰ると、外に抜け出したのが発覚しており、母親にひどく怒られた。

怖い人に会ったらどうする?

そう言われて、クシダさんは、言葉を返した。

出会ったのは「ホクロの坊さん」だけだった、と告げたのだ。

一瞬、母が微妙な顔をした。
それから言った。「住職は先週亡くなったばかりよ」

それを聞いたクシダさんは、怖い、とは思わなかった。
逃げられた……そう思ったのだという。

「私に捕まえられるのがイヤで、幽霊が嘘をついたと思ったんです」


僧侶の真意は不明だ。

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