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第72話 友人の話-死神の体臭

死が近い人には独特のニオイがある。

クリーニングチェーンの受付をしているホシミさんはそういう。

「古い香料とカビと干物を混ぜたような感じ。ミイラを嗅いでみたら、そんなニオイがするんやないか、って思う」
病気のニオイではなく、事故で死ぬ人も、自殺する人も同じニオイがする。

「せやから俺が嗅いでるのは、その人に憑いてる死神の体臭みたいなもんかもしれん」

客の持ってくる衣類のニオイで、ホシミさんには死期がわかる。
長く地元でクリーニングの受付をしていると、「あの人はどうなったか」という結果がわかるので、検証できるのだ。

「最近はニオイの感じで、かなり細かく死期がわかるようになってしもた」

知りたいわけではないが、勝手ににおってくるものを感じないようにするのは難しい。

嗅いで得することはなく、ただひたすら辛い。
高齢者の衣類だと、「仕方ない」と思える部分もあるが、若い人の服からそのニオイを嗅いでしまったときには、胸がつぶれる思いがするそうだ。

「それとなく、旅行いにいったり、好きなことをするよう勧めるくらいしかできへんけど」

あるとき、高校球児のユニフォームから、そのニオイを嗅ぎとったことがあった。
持参した母親にホシミさんは、誕生月を訊ねた。

「あ、それやったら奧さん、雑誌の占いで『今月は、息子の好きな料理をぎょうさん作ってあげたらええことがある』って書いてましたで」

数日後、息子はトラックにはねられて死亡した。
母親がユニフォームを受け取りに来たのは、半年以上たってからだった。

「いいことなんてなかった、と怒られたけど、最後に好きなもんを食わせてやれた、って喜んでもくれた」

そんなホシミさんだが、気になっていることがある。

「駅前のマンションなんやけど……」

ファミリー向けの賃貸物件である。
ホシミさんの店から近いため、住人にはお得意さんが多い。

「6階のある部屋から出される衣類に、よくあのニオイがついてるねん」

持ち込んだ人がその後どうなっているのかはわからない。
かなり早いサイクルで、住人が入れ替わっているようだ。

「1年もたへんことが多いんちゃうかな。またあのニオイや、と思って住所を見ると、その部屋やねんけど、住人の名前は違うねん」

あまりのことに、ホシミさんはその部屋を訪れることにした。
通常はやらないのだが、ついでがある、と理由を作って、配達に出向いたのだ。

「ドア開けた瞬間、ものすごいニオイやった」

鼻をつく異臭に、ホシミさんは咳き込みそうになったが、住人はまったく感じていないようだった。

洗濯済みの衣類を渡すと、ホシミさんはほうほうの体で逃げ帰った。


「なにがあったんかしらんけど、あんなとこに住んでたら死ぬわ」
ホシミさんは顔をしかめた。

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