第40話 友人の話-通せんぼ
「今はもう見えないんですけど」
ヨシカさんは子どものころ、よくいろいろな怪異を見た。
たくさん見過ぎて、これという話を選ぶのが難しいほどだという。
そんな中、ふと思いついて話してくれたのが、幼稚園のころの出来事。
「奈良にある小さな駅でした」
お盆の法事に、親戚の家に行くため、ヨシカさんは母親と一緒に電車を降りた。
改札を抜け、ふと見ると、反対側の改札で親子がもめていた。
ヨシカさんと同じく母娘連れ。
子どもの年齢も、幼稚園児くらいに見えた。
その女の子が、改札を通るのは嫌だ、と抵抗しているのだ。
上り下りとも、改札は一か所ずつしかない。
上り側から出るには、陸橋を渡り、かなりの遠回りをすることになる。
暑いさなか、そんな面倒は嫌なのだろう。
母親はなんとか娘をなだめて、目の前の改札を通ろうとしているが、娘は号泣しながら脚を踏ん張る。
そのさまを見て、ヨシカさんは人生で初めて、見えることのしんどさを認識したそうだ。
改札の向こうに、通せんぼする女性がいた。
「白い着物を着ていて、長い髪を前に垂らしてて」
本能的に、悪意が感じられる存在だった。
ヨシカさんは自分がそちら側から出なくていいことに、心からホッとした。
「私の母も、そういうのは見えないし、信じない人でしたから」
自分も同じようになる……。
そのことが分かっていたのだ。
女の子のお母さんに、教えてあげようか。
そうも思ったが、陸橋を渡って反対側まで行くのは、自分の母親が嫌がるだろう。
どうしようもない。
あきらめかけたとき、駅舎から出てきた駅員が、職員用らしき通路を開けて、親子に呼びかけるのが見えた。
一瞬だが、駅員は着物の女性がいる方を厳しい目でにらみ、それからヨシカさんの方を見た。
「うなずいたんです、その人」
わかってるよ、と言ってくれたように思えた。
見えることで悩んだ子どものころ、その出来事が、少しだけ心の支えになったという。
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