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第49話 友人の話-閉じ込められていたもの

2か月ほど前に出会った怪異のおかげで、体重が4キロ減った。

そう教えてくれたサクライくんは、確かに痩せていた。
ただ、どちらかというと、身体が締まって、健康そうに見えた。

「学生時代の友だちと会うて、かなり飲んでな」
終電はなく、どうにかタクシーを拾って、サクライくんはマンションまで帰り着いたという。

エレベーターに乗ろうとして、その音に気づいた。

中から誰かがドアを叩いている?

「どうしました?」

問いかけてみたが、音はやまない。
ドンドン、ドンドン、と一定のリズムでドアの向こうから響いてくる。

表示を見ると、どうやらエレベーターは1階にいるようだった。
試しに、ボタンを押してみたが、反応がない。

誰か、閉じ込められているのか?
ドアに耳を近づけてみると、声が聞こえた。

「男の声と、女の声と……」

「開けて、開けて」と訴える声が数人分聞こえたという。
何人閉じ込められているのか。

「インターフォンのボタンを……」
サクライくんは、声をかけた。

エレベーターには、管理を請け負っている会社と話せるインターフォンが設置されている。
そのことを伝えようとしたのだが、ドアを叩く音はやまず、声も同じまま続いた。

こちらの声が聞こえていないのか?
少し声を張って、再度同じことを告げたが、中の様子は変わらない。

しかたなく、サクライくんは携帯電話からマンションの管理会社に電話を入れた。

「少し前にトイレのタンクが水漏れして、そのとき電話した履歴がまだ残っとったから」

管理会社はすぐに、エレベーターの整備員をよこすという。

捨て置いて帰るわけにもいかず、待っていると、しばらくして作業服の男が2人やってきた。

ドンドンと叩く音と、声を確かめ、工具で開けるという。
作業が始まって、サクライくんは気づいた。

「作業員の声にも、反応せぇへんのや」

危ないから、静かにして、ドアから離れて。
作業員がそう指示をしても、中からの音と声はやまない。

しまいには作業員が怒鳴るような大声を出したが、それでも同じだった。

深夜である。
作業員2人と、サクライくんは顔を見合わせた。

わけがわからないが、とりあえず開けないわけにはいかない。

数分の作業で、ようやくドアが開いた。

「そんな気はしててんけど」

中には誰も乗っていなかったのだ。

驚いたことに、中年の作業員2人は、チッと舌打ちしただけだった。
ときおりあることなのだという。

サクライくんは8階の自宅まで階段を上って帰り、布団をかぶって寝た。

今もそのマンションに住んでいるが、エレベーターはほとんど使わないそうだ。

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