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第55話 友人の話-深夜の盆踊り

市役所の水道局は夜勤業務がある。

「浄水場の夜勤はおいしいねん」

機器に異常がないか、見張る仕事だが、トラブルはほとんど起きない。
漫画を読んで時間を潰すだけ。

「それで夜勤手当がつくねん」

それほどおいしい仕事は経験したことがない。
経験者のコウノさんは懐かしげに笑う。

ただ、そんな職場にもかかわらず、一度だけ辞めようか、と思ったことがあるという。

配属されて半年ほどたった秋のことだ。
深夜、門の前にやってくる人影に気づいたのだ。
浴衣を着て、ひょっとこや狐、おかめ面をかぶった3人組だ。

夜勤の職員が詰めている事務所は、建物の2階にあった。
窓からはエントランスから門までが丸見えなのだが、夜は街灯に照らされている門柱の近辺しか見えない。

ちょうどその部分だけ、スポットライトの当る舞台のようになっている。
深夜2時を過ぎるころになると、3人組がその灯りの下に現れるのだ。

見ていると、3人組は不思議なステップを踏みながら、フラフラと身体を揺すり始める。
踊っている?

盆踊りのようにも見える動きだが、踊りは徐々に激しさを増していく。
しまいには激しい勢いで頭を振り、腕や脚を振り回す狂乱状態となるのだが、そのまま灯りの下から去ってしまうので、最後がどうなるのか見たことはない。

滑稽なようで、見終わった後には、ゾクリと背筋が寒くなる。

そもそも浄水場は、深夜に人がやってくるようなところではない。
コウノさんが勤めている施設も、住宅街から遠い山中にあった。

誰かのイタズラだろうか?
思いつくことはそれくらいだ。

そういえば、隣町の大学は、以前にも学生が遊園地で暴れて、新聞に報道されたことがある。

夜の浄水場には職員が1人しかいない。
以前は2人体制だったのだが、コウノさんが入ったころには、経費節減で1人勤務とされていた。

怖がらせて楽しむには、かっこうの相手だろう。

無視するのが一番。
コウノさんはそう決めた。

イタズラだとしたら、しかけている連中はカメラでその様子を撮っているかもしれない。
驚いて飛び出していったりしたら、ネタを提供してしまうだけだ。
こちらが無反応なら、すぐに飽きてしまうだろう。

ところが、「夜の盆踊り」はいっこうにやまなかった。
さすがに気になったコウノさんは、同僚にそのことを話してみた。

それまで話題にしなかったのは、誰もそのことに触れなかったからだ。
深夜の1人勤務では、ありがちなイタズラなのかもしれない。
自分だけが深刻に騒いで、やっぱり新人だな、と見られるのが嫌だったのだ。

「そういえば、夜中の盆踊り、頑張るよね」

ごく軽い口調で触れてみたつもりだったが、誰もその話題に乗ってきてくれなかった。

なんのこと? と問われて、コウノさんはあらためて、夜中に訪れる3人組のことを話した。
てっきりほかの同僚も見ているもの、と思っていた。
だがみんな、ニヤニヤ笑って首を横に振るばかりだ。

コウノさんがほかの職員を怖がらせようとしている。
そう思われたのだ。

押し問答になりかけたとき、職員のひとりが監視カメラのことを思いついた。
浄水場には数カ所、カメラがついていて、録画したデータが保存してあった。

なぜ、今まで思いつかなかったのか。

悔やみながら、動画を再生してみた。
1週間分を再生してみて、わかったことがあった。

連中が来るのは、コウノさんが夜勤に入っている日だけだった。

「なんだ、これ?」

踊る人影を見て、同僚がいっせいにざわめく。
いった通りでしょ、と胸を張りかけて、コウノさんは絶句した。

よく見ると、踊っている人影は4人いた。
3人は浴衣姿にお面。
もう1人は、作業服姿だ。

コウノさんだった。
3人組に混じって身体を揺すり、腕や脚を振り回している。

「結局、なんだったかわからなかったんですよ」
コウノさんには、一緒に踊った記憶は一切なかった。

とりあえずその直後から、浄水場の勤務態勢が変えられ、また元の通り、2人体制となった。
どうやってそれを知ったのか、3人組は現れなくなり、コウノさんが踊ることもなくなったという。

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