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第28話 友人の話-幼稚園にいたもの

「幼稚園のころの話やし、不思議なもんを見たわけでもないんや」
そう前置きをして、友人のタムラくんが話してくれた。

彼が通っていた幼稚園はお寺が経営する仏教系の施設だった。
その幼稚園に「チャコ」と呼ばれるものがいた。

「俺自身は、子ども同士の遊びやと思ってたんやけど」

チャコは架空の女の子だった。
少なくとも、タムラくんはそう思っていた。

白いブラウスにえんじ色のスカート。
イタズラが好き。

だがそんなチャコを実際に見た、という園児もいた。

トイレや、教室の隅、園舎の陰にいた、などの目撃談をタムラくんも聞いたという。

「たいていは、目立ちたがりの女の子やったから、嘘やと思うてた」

ただ、子どもたちの間では、なにか原因のわからないことがあると、チャコのせいということになっていた。

運動会で使う玉入れのボールがたりなくなったのもチャコのせい。
誰もいないはずなのに、お寺の鐘がいきなり鳴ったのも、チャコのせい。

大人には言わない。
子ども同士で、そうささやき合うのが、なんだかワクワクして楽しかったのだという。

そんなある日、幼稚園で飼っていたメダカが全滅した。
腹を上にして、水槽の水面に浮かんでいるメダカの群れを見て、園児たちはチャコの仕業だとささやき合った。

数日後、今度は園庭で飼われていたウサギが全滅した。
大人たちはイタチだと言ったが、タムラくんたちはチャコの仕業だと信じていた。

怖い。
チャコのことをそう思い始めていたが、一方で「仕方がない」とも感じていたという。

「なにが仕方ないんか、わからんけど、なにせ子どもやったから」

それが園を経営するお寺の僧侶に知れた。

「頭剃っててピカピカやったから、俺らは『ピカにいちゃん』って呼んでてん」

住職の親戚にあたる修行中の僧侶で、暇な時には子どもたちとかくれんぼや鬼ごっこをしてくれるような人だった。

遊びの最中、誰かがふと、そのピカにいちゃんに、チャコのことを話してしまったのだ。

ピカにいちゃんは驚き、そうして自分が退治するから大丈夫、といってくれたそうだ。

「まあ、実際にはなにをしてくれたのか、わからへんのやけど」

その後、園で動物が死ぬことはなかった。
一件落着のはずだったが、しばらくしてタムラくんは、ピカにいちゃんを最近見かけていないことに気づいた。

病気で入院したらしい。
悲しむ彼にそう教えてくれたのは、母親だった。

とはいえ、子どものことだ。
姿を見ない人間のことなどすぐに忘れる。

次に彼のことを思い出したのは、タムラくんが大学3回生のときだった。

就職活動にかけずり回っていたタムラくんは、電車の中で異臭を放つ男を見かけた。

腰までありそうな長髪はボサボサ。襟が伸びたTシャツに、よれて穴が空いたチノパンツ、という姿だった。

それでも彼には、顔立ちの特徴から、ピカにいちゃんであることがすぐにわかった。
わかった瞬間、ゾッとした。

「Tシャツの背中に、『Chaco』って書いてあってん」

15年前になにがあったのか……。
タムラくんは訊ねたかったが、ついに話しかける勇気を出せなかったという。

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