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第7話 妻の友人の話-呼ぶもの

妻の友人の話。

和くんは友人宅の二階から飛び降りようとしたことがある。
深夜のことだ。

独身の若者4人が集まって、馬鹿話をして、飲んで眠った。

「で、飛び降りようとしたらしいんです」

「らしい」という言い方になるのは、本人がそのあたりの状況をまったく憶えていないためだった。

酒が回って、和くんの他、2人が撃沈。
アルコールに強い1人だけが、しかたなくゲームで遊んでいたという。

フラフラと起き上がり、窓から身を乗り出そうとする和くんに気づいたのは、その友人だった。

「なにしてんねん?」

最初は、もちろん冗談だと思ったらしい。
だが、和くんは友人の声など聞こえない様子で、ゆっくりと窓枠に足を載せ、前のめりになっていく。

あ、ヤバイ。
驚いた友人は、背後から彼を抱きとめた。

勢い余って2人で後ろに転げる。
その衝撃で、和くんは我に返った。

「窓の外で誰かが呼んでたんです。で、開けて、入れてやらないと、と思ったことは憶えています」

だがそれが誰だったのかは記憶にない。
なぜそいつが入りたがったのかも。

「結局、寝ぼけただけ、と思うことにしたんですけど、なんとなく薄気味悪くて」

というのも、その部屋の住人である友人は、たびたび『なにか』を目撃したり、耳にする事があったというのだ。

家のすぐ裏が、古くて汚い池だから?

誰もいないはずの部屋で人影を見たり、深夜階段を上ってくる足音を聞いたり。
そんな体験を話すとき、部屋の主はうっすらと笑うのだ。

ただ、そんな友人でも、霊からなにかを要求された覚えはないという。
それが和くんにはかなり怖いことに思えた。

「なぜ、俺なんだ、って思うとね」

それでも彼の部屋にみんなで集まるのは、やめられなかった。
親がうるさいことを言わず、深夜まで酒を飲んで騒げる家は、仲間内でも貴重な場所だったのだ。

飲めば、そのままバッタリと眠ることになる。
眠れば、深夜に和くんだけが起き出し、また窓を開けて、飛び降りようとする。

そんなことが、何度もあった。

「最後まで、なんだったのかはわかりませんでしたね」
和くんは笑う。
「ただ、憶えているのは毎回、誰かが呼んでて、そいつを部屋に入れてやらなきゃ、って思っていたことだけで」

和くんも大人になり、今では友人の部屋に行くことはない。

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