第61話 友人の話-駆除
「お祖母ちゃんに怒られてから、ほとんど人に話したことはないんです」
子どものころ、サカイさんはよく不思議なものを見た。
「押し入れの隙間からのぞいている人とか、墓地を飛んでいるボールみたいなものとか……」
報告すると、家族からは「そんなものはいない」と否定された。
信じてくれるのはただひとり、少し離れた街に住む母方の祖母だけだった。
彼女もまた、見える人だったのだ。
サカイさんの力はだんだん強くなり、小学4年生になるころには、ものによっては触ることもできた。
ある日、学校で、前の席に座る子の肩に紫色のトカゲが乗っているのを見つけた。
「あまりよくないものに見えたんです」
指でつまみ、捨ててやると、その子は朝から続いていた頭痛が消えた、と喜んだ。
それから、彼女はよくなさそうなものを見つけると、取り除いてあげることを始めた。
「効果を感じる人と感じない人は、半々くらいでしたね」
中学に入るころには、彼女は知る人ぞ知る有名人のようになっていた。
悩み事があるから、と相談に来る同級生が、週に2、3人はいたという。
「霊的なものでなければ、どうにもできないんですけど」
それでもときには悪いものを払うと、スッキリした、と喜んでもらえることもあり、サカイさんは自分の力を自慢に思っていた。
そんなある日、見知らぬ3年生からサカイさんは呼び出された。
放課後、人もまばらな教室を訪れると、女子生徒が3人で彼女を待っていた。
「先週から、急に腕が上がらなくなったの」
彼女に相談してきたのは、バスケ部のエースとして活躍する先輩だった。
高校もバスケの有名校への推薦が決まっているらしい。
腕が上がらなければ、バスケどころではない。
あわてて、あちこちの病院にかかったが、医者はみな原因不明と首をかしげるばかりだという。
「治せるの?」
横から、別の先輩が彼女の顔をのぞき込む。
疑わしげにいわれて、彼女はちょっと傷ついた。
もちろん、医者ではないので、普通のケガは治せない。
だが腕が上がらないという先輩の肩には、巨大な蜘蛛がへばりついていた。
おそらく、それをとれば治るだろう。
「治せると思います」
なにも考えずに彼女は右手を伸ばし、蜘蛛をつかんだ。
蜘蛛に見えるが、もちろん現実のものではない。
脚は10本以上あるし、頭部は人のような小さな顔がついている。
サカイさんが力を入れると、蜘蛛は10本以上はある脚を先輩の肉に食い込ませて、引きはがされまいと頑張る。
それまでにない執着に、不気味なものを感じたが、やれるといった手前、途中で投げ出すわけにもいかない。
左手で右手首をつかみ、身体ごと後ろに反っくり返る勢いで引っ張ると、いきなり蜘蛛はスポッとはずれ、どこかに飛んでいってしまった。
「あ、上がる! 腕が上がる!」
サカイさんが思った通り、蜘蛛を取り去ると、先輩の腕は治った。
泣きながら抱きつかれて、とてもうれしかったのだが、数日後、思わぬことが起きた。
学校からの帰り道、先輩のひとりに待ち伏せされたのだ。
治せるのか、と疑った女子生徒だった。
「ちょっと、いいか?」
うなずくと、近くにあるマンションの非常階段に連れ込まれた。
先輩の顔色は青黒く、体調が悪いのか、少し歩いただけでゼイゼイとあえいだ。
「なんとかしろ」
肩をつかまれて、サカイさんは悲鳴を上げた。
先輩の胸元に、不気味なものが見えたからだ。
制服の中にいるのだろう。
襟元からカニの脚のようなものが数本のぞいている。
「あの、服をまくってみてください」
彼女の胸元にしがみついていたのは、数日前に彼女がバスケ部の先輩から駆除したあの蜘蛛だった。
ただし、大きさが違う。
数倍にふくらんでいる。
大きくなったのでわかったのだが、蜘蛛はその先輩と同じ顔をしていた。
「これって……」
サカイさんにはわかった。
バスケ部の先輩が腕に不調をきたしたのは、友人であるはずの彼女が呪いをかけたからだ。
なにも知らないサカイさん祓ったので、呪いは彼女の元に跳ね返ったのだ。
「なにかいるのか?」
先輩にはその蜘蛛が見えないようだった。
ただ、体調の悪さと存在は感じるのだろう。
大きくなった蜘蛛がいる。
そのことをサカイさんは告げた。
「とってくれよ」
「む、無理です」
もはや蜘蛛はタラバガニほどの大きさに育っている。
触るのも恐ろしい。
「頼むよ。しんどくて、死にそうなんだよ」
「ごめんなさい!」
先輩を振り切って、サカイさんは家に駆け戻った。
数日後、その先輩が死んだ、という情報が伝わってきた。
病死だったらしい。
助けられたかもしれない……。
そう思うと、罪悪感で心が苦しくなった。
「アホなこといわんとき」祖母に相談すると、ぴしゃりと怒られた。
そこまで大きくなった呪いに触れば、サカイさんも死んでいただろうという。
「だいたい、そういうもんはむやみに触るもんやないのんえ」
以来、サカイさんはなにかが見えても触らないし、それを相手に告げることもしない。
「そういう話を集めるのも、あまりよくないですよ」
穏やかにぼくも注意を受けた。
もしや肩や背中に、なにか見えるのか?
訊ねても、答えてくれなかった。
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