第57話 友人の話-躍り食い
子どものころしばらく、ノガミくんは奇妙なものが見えた。
「オタマジャクシというか……」
丸い頭に尾がついている。
色はさまざまだが、ほとんどは灰色。
それが尾っぽをくねらせて、フワフワと宙を泳ぐのだ。
見え始めたのがいつごろのことかは覚えていないが、小学校に入るころには、ほとんど見えなくなったという。
「手で触ると、ヌルッとグニッとしててな」
家の中で見かけることもあったし、外で見ることもあった。
ただ、困ったことがあった。
親や兄に話してみたが、そんなものは見えない、というのだ。
手のひらにのせて、差し出してみても、不思議そうな顔をされるだけだった。
見えるのは自分だけなのか?
寂しく感じるようになったある日、ノガミくんはついに、自分と同じく、オタマジャクシが見える少年に出会った。
自宅のすぐ裏手にある公園で砂遊びをしているときのこと。
いつものごとくオタマジャクシが飛んでくるのを見つけた。
「なんか白っぽくて、弱々しい感じのやつやった」
かまってみても、特に面白いことはない。
ノガミくんが砂遊びを続けていると、ブランコで遊んでいた子どもが、ツツッと駆け寄り、それを捕まえた。
「あっ!」
思わず声が出た。
自分の他に見える人がいる。
そのことがやたらと嬉しかったのだ。
しかも自分と同い年くらいの子どもだ。
「見えるんや!」
オタマジャクシを捕まえている少年に話しかけると、その子はニッと笑った。
「なんや、きみも見えるんか」
握りしめた手の中で、オタマジャクシがパタリパタリと尾を振っている。
少年はいきなり、それを口の中に入れた。
「前歯が抜けてて、愛嬌があるんやけど、なんや怖い顔でな」
一瞬、歯の間からオタマジャクシの尾が見えたのをノガミくんは今でも覚えているという。
ゴクリと飲み下すと、少年は恍惚の表情でやわらかく息を吐いた。
「美味しいんか、それ?」
「なんや、知らんの? 世界で一番美味しいもんやで。うちの祖父ちゃんがいうとった」
少年は唇の周りをペロリとなめた。
なんだか嫌なものを見た。
ざらつく思いを抱えて帰宅してみると、自宅は大騒ぎになっていた。
同居していた祖母が、亡くなっていたのだ。
見つけたのは、ノガミくんの母親だった。
昼寝をしている、と思って見に行ったら、亡くなっていたという。
ノガミくんは直感的に覚った。
あいつがオタマジャクシを喰ったからだ。
あれはおそらく、人の魂のようなものなのだろう。
眠っている間に抜け出した祖母の魂をあいつが喰ってしまったのだ。
「でもな、一番怖かったのは、葬式やったわ」
あの少年がやってきたのだ。
少年は葬儀を頼んだ僧侶の孫だった。
「寺を継ぐ」という孫を僧侶はとても可愛がっていて、仕事の手伝いをさせているのだという。
太ったヒキガエルのような僧侶と、その横に控える少年のかしこまった顔が、ひどく怖くて、ノガミくんはボロボロと泣いた。
「あいつ、ほんまに坊主になったんやろか? そんで人の魂を喰うてるんやろか?」
地元を離れたノガミくんは、その後の経緯を知らない。
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