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#6 逢えない時間が愛を育てる

 2020年3月18日の朝にヤンゴンを発ち、バンコク経由で帰国してから、はや2ヶ月が経過した。依然として、ヤンゴン国際空港は封鎖されており、入国はできない。こんなに長くヤンゴンを離れるのは実に6年ぶりである。
 これまでは毎月、日本とヤンゴンをせわしなく行き来し、短い時は3日で帰国なんてこともあったが、大体は1週間から2週間。長い時には3週間くらいヤンゴンに滞在してきた。日本にいるときも、買い物や荷造り、そしてfacebookでのプロモーションとかなりの時間をTokyo Tomato Cafeに費やしてきた。それだけに、この2ヶ月間は心にぽっかりと穴が空いたような感じだ。正直、ちょっと手持ち無沙汰でもある。
 その一方で、ヤンゴンと時間的にも距離的にも、そして心理的にも距離を置いたことは僕にとってすごくありがたいことだった。じっくり、冷静にこれまでを振り返り、次の打ち手を考える時間と機会をいただけたと思う。

50ヶ月連続赤字の高みへ!

 2020年4月の営業日数はわずか9日間。テイクアウトの売り上げは24,400ks。デリバリーの売り上げは376,950ks。合わせて、401,400ks(約28,000円)。これではどうやっても赤字である。これで、2016年7月のオープンから続く連続赤字記録は46ヶ月となった。いよいよ50ヶ月連続という金字塔まで4ヶ月にまで迫った。もうここまできたら、開き直って、この大記録達成を目指し、思いっきり自棄酒をあおってみたい気分でもある。
 これまでの売り上げと損益の推移は下記のグラフの通り。2周年を迎えた2018年7月まではいい感じに来ていた。月の来店客数も3000人を突破。これはいけると踏んで、翌月から20%の値上げを断行したのが大失敗。そこからずっと低迷し、やっとなんとか戻しつつあった矢先のコロナだ。
 ただし、客単価は順調に伸びていて、初年度は1人あたり3000ks〜3500ksくらいだったのが、5000ksの手前まで来ていた。これが唯一の光明だった。
 とはいえ、いったいここまで、この壮大でおバカな「ビルマのナニゴト!」プロジェクトにいくらお金を突っ込んだろう?よくそんな質問を受けるが、細かくは計算していない。僕もちょっと興味があったりするが、まあ、今は止めておこうと思っている。
 もっとも、お店に真水で入れた金額は46ヶ月連続赤字にしては大した金額ではない。レクサスLSの最上級モデル1台分に過ぎない。まあ、これに開業資金や飛行機代、日本から持ち込んでる材料や道具の金額などまで入れると、ちょっと考えたくなくなるけど笑。

業績の推移-2020-4

Amazing Experiences at Tokyo Tomato Cafe

 ただ、4年間、無駄にお金を使ってきたわけではない。ピーク時は3000人を超え、46ヶ月で延べ79000人のお客様がTokyo Tomato Cafeに来店いただいている。その約90%はミャンマー人のお客様だ。男女比率は6:4で女性が多く、10代から30代前半の若い層の支持が高い。特に毎週水曜日の夕方のブッフェには子連れのファミリー層がどっと押し寄せる。
 僕はオープン当初から、ミャンマーの高校生や大学生、そしてファミリー層をターゲットにやってきた。この点では狙い通りだし、かけがいのない財産だと思っている。
 そして、もう一つの財産はスタッフだ。詳しくは後述するが、スタッフの育成には本当に苦労してきたし、ミャンマーで何が大変かだったといえば、やはり「人づくり」である。「物づくりは人づくり」。これはトヨタに教えてもらったことだが、前職のリクルート時代から採用と育成の重要性は様々な経営者から学んできた。
 もっとも、日本で経営している株式会社ネクスト・ワンは「社員0名。世界最小最軽量のトヨタの取引企業」を自負し、とにかく極力、スタッフを採用しない。限りなく小さな会社であり続けることに力を注いできた。
 「違う場所で違うことを」をテーマに始めた「ビルマのナニゴト!」プロジェクトだが、そういう意味でも「違う」ビジネスなのである。そして、今在籍している10人(Marteの正式復帰が決定した)のスタッフは最高のメンバーが揃っていると思っている。
 「Amazing Experiences at Tokyo Tomato Cafe」というステートメント、そして「Smile・Clean Up・Customer First・Open・Diversity」という5Valueに僕のこのお店をどうしたいかという思いはすべて込めている。彼らは一緒にお店で働く中で、実体験としてこの言葉の意味を理解してくれている。その共通認識があるから、今、離れてリモートでコミュニケーションが取れていると僕は思う。いい加減な英語でもなんとかやれているのは、こうした一緒に過ごしてきた時間の賜物だと。彼らは今でも毎朝のミーティングの冒頭で、ステートメントと5Valueを唱和してくれている(はず?)である。

Hello Yangon, Now in Japan, I miss you

 お客様との距離も離れてしまったからこそ、逆に縮まった感もある。きっかけは2020年4月4日。この日は学生ながらヤンゴンで起業し、昨年からリクルートで働き始めた佐々翔太郎くんが2019年11月、中野坂上にオープンした東南アジアと日本を結ぶASEAN HOUSEのオンライン花見イベントがあった。僕は2年前にTokyo Tomato Cafeでアルバイトしながら日本語の勉強をしていて、昨年から日本で働いているHtet Myat Thuと渋谷桜丘ベース(僕の仕事場です)からオンライン花見に参加する予定だった。しかし、当日に熱が出たとドタキャンをくらった。そこで横浜に戻って本社から参加しようと外に出たら、桜が咲いてたので、Zoomの背景にしようパチリと撮影。それをついでにfacebookのTokyo Tomato Cafeのページに投稿したのが始まりだった。(我ながら説明が長いな笑)

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 まあ、見ての通り、ちょっと葉っぱも混じったなんの変哲も無い桜並木の写真。そして、メッセージは「Hello Yangon. Now in Japan. I miss you.」と書いただけの短い投稿だった。しかし、これが思いの外、大ヒット! ミャンマーのお客様からの反応がすごかった。「綺麗だ!」「元気か?」「私も会えなくて寂しい」「また、ブッフェが食べたい」など反応が続々と来た。じゃあ、ちょっとこれ宣伝してみるか?とfacebookに3000円支払って広告を出したら、なんとリーチが13.9万に達した。いいね!は424件。これはいけるかも? これも「Amazing Experiencesだ!」と。
 次はミャンマーのお正月に、Happy New Yearのメッセージを添えて、U.S.A for Africaが歌う「We are the world」の動画を投稿したら、これまた10.2万リーチで、いいね!が4,955件とバズってしまった。
 じゃあ、これは?と僕が1週間自分で調理して食べた食事をまとめて投稿したら、18.4万リーチ、いいね!が2,087件。この投稿から、メッセージの書き出しは「Hello Yangon. Now in Japan. I miss you.」で統一。広告屋としてはワクワクしてきた。
 5月から食パン専門店「銀座に志かわ」で新しく配布を始めた、生活のリズムを取り戻すための千社札「朔日札」の制作をお願いしている江戸文字書家の橘右之吉さんにもらった元三大師の護符の投稿は15.7万リーチで、いいね!が5,171件。さすが仏教国だけあって、感謝のコメントもたくさんもらった。直近では2020年5月14日に投稿したJICAの皆さんが作成された世界各国の言葉で各国からリモートで合唱する「上を向いて歩こう」の動画は23万リーチ、1,265件のいいね!を記録した。
 そして、いずれの投稿でも「また、おいしいものを食べさせてくれ!」「新メニュー期待してるよ!」とたくさんの暖かいコメントを頂いた。
 オープン当初から2年半くらいはfacebookの投稿を全部、僕が英語でやってきたけど、途中から、やっぱミャンマー語でやったほうが伝わりやすいことに気づき、以来、投稿はスタッフに任せてきた。久しぶりに自分の言葉で投稿し、すごくお客様とのつながりを感じた。そして、これまで耐え忍んでお店を続けてきて、良かったと心の底から思えた。

https://www.facebook.com/tokyotomatocafe/posts/1172662826417931

https://www.facebook.com/tokyotomatocafe/posts/1162110870806460

次号から「糖尿男の食卓:すべてはここから始まった編」へ

 前置きが予定よりずいぶん長くなりましたが、次号から再び8年前に遡って、僕がなぜヤンゴンでレストランを始めることになったのか?その奇妙な縁と、とりあえず笑える事件の数々をご紹介したいと思います。ご期待ください。

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