もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その4)

 10年くらい前に流行った『もしドラ』を意識して書いた小説です。
 自分がよく行くスナックで行われていることを脚色して書きました。
 『もしドラ』と違って、テーマごとに違う話が展開する短編連作です。

※ 第1話から読みたい方は、もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第1話 仕事の仕方と学び方から読むことをおすすめします。
※ 第8話の最初から読みたい方は、もしスナックのマスターがドラッカーの『プロフェッショナルの条件』を読んだら 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その1)から読むことをおすすめします。

 第8話(番外編) 振り飛車が嫌いな男(その4)

 沢田さんは、マスターの話を時折うなずきながら聞いていた。
 話が終わると少し黙っていたが、ぽつりとつぶやいた。
「ぼくも若い時にそういう体験をしてみたかったな」
「まあ、今になってみるといい経験だけど、周りも気をつかったみたいだし、俺もそういう状態から抜ける時にかなり寂しい思いをした。あんまり人に勧められるようなことじゃない。もっとも最初から意識してやるのはいいと思う」
「そうかもしれない。でも最初から意識してやっていたら、深い体験にはならないんじゃないかな」
「まあ、それもそうだけど、実用的ではある。こないだアヤメが仕事を覚えられない時にエア後輩を作るように言ったし、息子の大学受験の時にもエア友だちを作ってその人に説明しながら勉強するように言った。その時は、どうして自分がそんなことを言い出すのか不思議だった。もちろんドラッガーの本に『他人に教える時に最も自分が学ぶ』みたいなことが書いてあったのだけけど、そのルーツは大学時代のあの体験なんだな。と最近気がついた。そんなふうに自分の考えることを精神史ふうにたどったりするとは、俺も年をとったんだな。と思う。いいことなんだか悪いことなんだかよくわからない」
「でもそういうことを考えるというのは、余裕があるっていうことじゃないですか?」
「そうかな」
 沢田さんは、いい話を聞いたと思ったものの、「どういうふうにいいと思ったか」を言うことはできなかった。
 マスターが口を開いた。
「将棋はいい。言葉による議論だと、話が平行線をたどったり、ここから先は実証的なデータがないからわかりませんね。ということで終わったりするけど、将棋は、一局一局勝ち負けがあって区切りがつくのがいい」
「それは確かにそうだ」
 マスターも沢田さんもしばらく黙ったまま将棋盤と駒を見つめていた。
 思いついたようにマスターが駒を2・3個ずつとって丁寧に駒箱に入れ始めたので、沢田さんも同じことを始めた。

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