ヒステリックな女教師の思い出⑤

※ 作者の自己紹介等:自己紹介とnoteの主な記事
※ 最初から読みたい方は、ヒステリックな女教師の思い出①から読むことをおすすめします。 
※ ひとつ前の話→ヒステリックな女教師の思い出④

 あんまりなんにも言わないで「はいはい」ばっかり言っているのもかえって失礼だと思いこちらからも話すことにした。
「ストーカーということでしたが、年に1回年賀状に何か書いて送るだけでストーカーになるんですか。ストーカーといいうのはもっとすごく日常的にしつこくつきまとうような人のことを言うのではないですか」
「相手が困っているというだけでストーカーになります」
「ならないような気もするのですが、ここは見解がわかれているので、田上先生の方から警察に被害届を出してもらって、警察に判断してもらうのがいい方法だと思います」
「そんなことをしたら大変だ」
「でも、それが一番いい方法だと思いますよ」
「そんなことをしたら大変なことになる。沢田さんの今後に関わる大問題になる」
「本当に大変なことになるかどうかはやってみないとわからないと思いますし、問題になったらなったで表現の自由に関する一つの問題提起になっていいと思いますが。こればかり話していても仕方がないので、それでは、ここは意見がわかれているということをお互い認識し『判断保留』『これからの検討事項』ということにして、次の傷害事件のことについての話に移ってもいいですか」
「ああその話か」
「『その話か』と言われるのですか。違う話の方がいいですか」
「うーん、そうでもないが」
「軽部先生が今言っておられたことに即して話をすすめていきたいと思います。別に先生が言われたことについて一つ一つこちらが思うところを述べて話し合っていくこと自体は、普通の話の進め方で特におかしくはないと思いますけど。それで、こういう手紙を出した場合と出さない場合で、出した場合の方が傷害事件が起きる可能性が高まると考える根拠はなんですか」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいことではないような気がします。傷害事件が起きたら確かに大変ですが、こうした手紙を出すことと傷害事件とどうして関係があるんですか。『自分の考え方を文章で伝えることができる、言論によって表現することができる』ということならば、別に傷害事件を起こす必要はないように思うのですが」
「理屈ばかり言うな」
「理屈を言わないでどうやって話し合えるんですか。やはり理屈も大事だと思いますよ。やはり、言論の自由があれば暴力に訴える必要はないと思うのですが」
「こんな年賀状は、どう考えてみても異常だ」
「今は、年賀状が異常かどうかの話をしているのではなく、言論の自由と暴力についてのことを話しているのですが、どうしても別の話に移りたいですか。それで、私の書いた年賀状が異常という見方もあっていいと思いますが、異常かどうかは、読んだ人の感性によるので、なんとも言えないと思います。でも、もしぼくが、自分のところにこういう内容の年賀状が出て、それを読んだとしたら、なかなか率直な文章なので、『こういうふうに率直に自分の考えを文章に書く人であれば絶対傷害事件なんか起こさないだろう』と考えますよ。理屈ではなくて、感性を重視するのであれば、この手紙を読むと『書いた人にはいい意味でも悪い意味でも傷害事件を起こすような凡人の枠をはみ出した大きな欲望はなさそうだな。これならば安心だ』という感じがするだろうと思います」
「そんなことはない」
「『そんなことはない』ということは言えないんじゃないですか。今述べたのは、『もし自分が逆の立場だったら』という私自身のことについて述べたんですよ。どうして他人の心理について本人が話していることと違うことをそんなに断定的に述べることができるんですか」
「理屈ばっかり言うな。とにかく、こういう手紙は絶対異常だ」
「異常かどうかということに関して、軽部先生の感性が絶対的に正しいとは限らないと思います。まあ、確かに変わった内容の年賀状ではあると思うのですが、異常という言葉を使うとそこで思考停止に陥る可能性があるので、この言葉はこの場面ではあまり使い勝手のいい言葉だとは思えません。それで、こういう紙切れと言うか手紙がそんなに大変なことなんですか」
「そりゃーショックだったんだろう。わざわざ私のところに送ってくるんだから」
 ここでぼくは嬉しくなった。あの手紙は確かに効果があったようだ。
「そうですか。まあ、こういう手紙を見て、『自分がどういうふうに見られているのか客観的にわかって参考になる』というのが、実用的な態度じゃないですか。逆に、『こういう手紙が送られてこないということがすごく大切なんだ』という感性は『見ないですめばそれでよし』という安易な考え方だと思います。もしも、あんまり参考にならなければ、くしゃくしゃに丸めて捨てればいいんじゃないですか」
「男だったらくしゃくしゃに丸めて捨てればいいかもしれないけど、そこは女だから怖がっているんだ」
「こういうことは相手の立場に立って考えることが大事だと思います。やはり自分が田上先生の立場でこうした手紙をもらったら、なにかの参考にはなると思いますよ。まあ、『見てすぐに大反省し、心を入れ替える』というほどでもないかもしれませんが。基本的には、自分のことを直接知っている人の考えが書いてあるものというのは、自分自信について知るための第一級の基本的資料と考えて、できるだけ大事にした方がいい。自分だったらそう思いますけど」
「女だから、弱いんだ。怖がっているんですよ」
「少なくともこういう場合は男より女の方が強いと思いますけどね」
「いや、女は弱いものだ」
「どういう根拠があってそう思うんですか」
「それで、田上さんのどういうところを批判したいの」
「その話題に入る前に、 『男より女の方が強いと思う』と言ったので、それに対する根拠なり理由なりを言ってください。どんどん別の話に移っていくようだと対話にならない」
「女が弱いに決まってるじゃないか」
「それはどうしてそう思うんですか」
「いちいちそう言うな…」
 と元校長は部屋全体に響き渡るようなものすごい声で怒鳴りあげた。勤務時間が過ぎているらしく残っている職員は少ないが、怪訝そうな顔をしている人もいる。

※ 次の話→ヒステリックな女教師の思い出⑥

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