ワキガ・ライヴズ・マター(腋臭 lives matter)④

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 謎の電話
 教員になって1校目は、野山高校(仮名)という小さな丘の上にある、教員困難校(いわゆる底辺校)でした。男女共学の普通高校です。勉強は苦手かもしれませんがひとなつっこい素朴な生徒が多かったのを覚えています。
 その学校に赴任して2年目の秋に、自宅に電話がかかってきました。
 Aと名乗る人からでした。教務主任の名前がAだったので、もしかしたら教務主任からの電話かなと思いましたが、たぶん声が違うような気がしました。それに教務主任から自宅に電話がかかってくるようなことは考えられません。まず、分掌が違います。自分の分掌は生徒部(生活指導部と読んでいる学校の方が多い)という名前で生活指導や生徒会活動・学校行事などを担当する分掌でした。教務主任はその名の通り教務部の主任で、定期試験・成績会議・入学試験・生徒募集等々を担当しています。教科も、教務主任は社会科で自分は英語なので、全然接点がありません。
 でも口調がお説教口調で、微妙に教務主任のしゃべり方に似ているので、もしかしたら教務主任本人のような感じもしました。
 「変だなあ」と思いながらも、一応本当に教務主任でも大丈夫なように真面目に電話の受け答えをすることにしました。
「もしもし、Aです」
「A先生ですか、わざわざお電話ありがとうございます。筒美です」
「筒美君ねえ、筒美君授業中につまらない冗談を言うけど全然受けてないよ。生徒の様子を見てそのくらいわからないのか」
 なんだか、初めから一方的なお説教口調です。Aさんはこんな話の進め方をする人だったかなと疑問符が頭に浮かびましたし、だいたい教務主任がわざわざ電話してこんなことを言うわけがないと思いました。が、万が一教務主任本人だといけないと思い一応まともに相手をすることにしました。
「ご指摘ありがとうございます。でも、生徒の様子を見ていると面白がっている子もいるようなのですが」
「君ねえ。一応先生の言うことだから仕方なく笑っているふりをしているんだ。そんなこともわからないのか。あんなつまらない冗談を言っても誰も面白いなんて思っていないよ。生徒をリラックスさせようとして言っているのかもしれないけどやめた方がいい。全然面白くないよ」
「わかりました」
「それとねえ。筒美ワキくせえ。ちゃん。と風呂入ってるか。ワキくさいよ」
「そうですか」
「そうですかじゃない」
「そうですかって、確認しているんですけど」
「もーくだらない。止めた」
 ここで電話が切れてしまいました。
 どうも生徒のいたずら電話のようです。
 でも「ワキくせえ」というのは本当のことなのでしょう。当時も毎日風呂に入ってわきの下はよく洗っていたので、それでも言われるということは、何か特別な対策が必要なのだと思いました。が、そのやり方がわかりません。どこで正しい情報が手に入るのか、誰に聞くのがいいのか、まったく見当がつきませんでした。
 当時はウインドウズ95が発売される前で、今のようにネットで検索するといろいろな情報がずらりと出てくるということもありませんでした。
 翌日念のため、Aさんのところに行って「昨日は、電話を下さっていろいろとアドバイスしていただきましたか」と言うと、予想通り「いや電話などしていない」と言われました。
「わかりました。たぶんAさんの名前を使って生徒がいたずら電話をかけてきのだと思います」と事情を説明すると、「うちの学校でもそんな変ないたずらをする子いるんだな。俺がこの学校で聞いたのは初めてだけど、けっこうこの世界では時々あることだ」と言っていました。
 また、生徒部の職員室で周囲の先生に電話の話をすると「それは生徒のいたずらだよ」と言われました。
 当時は、生徒及び教職員の住所・電話番号が書かれた名簿が生徒の各家庭に配られていたので、こういったことがありました。今は、情報管理がうるさくなり、学校側が名簿を配ることはしなくなったので、かなり減っていると思います。

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