ヒステリックな女教師の思い出⑬

※ 作者の自己紹介等:自己紹介とnoteの主な記事
※ 最初から読みたい方は、ヒステリックな女教師の思い出①から読むことをおすすめします。 
※ ひとつ前の話→ヒステリックな女教師の思い出⑫

 次の日は土曜日で学校は休みだった。
 目を覚ますと9時だった。
 居間に行くと、幸子ちゃんは新聞を読んでいる。
「パパ、昨日は深夜に泣きそうな声で電話していたけど大丈夫」
「起きていたのか」
「起きちゃったわよ。すぐにまた寝たけど」
「ごめんなさい」
「どこに電話していたの。なんだか泣きながら怒っていたみたいよ」
「別に泣いてはいないと思うけど。まあ、そのうち話すよ」
「また、田上先生のことじゃないの」
「よくわかったね。実はそうなんだ」
「変なことが頭にこびりついて離れないのは、多かれ少なかれどんな人でもあることだけど。パパは極端ねえ。その田上先生という人だけど、下北沢のお母さまに似てないかしら」
「うちのおふくろかあ。まあ、外見は似てないけど、ヒステリックに怒るところは似ているかもしれないなあ」
「心理学には投影性同一視という言葉があって、それは親などの過去の重要な人物に似た人に出会うと、その人と過去の重要な人物と混同してしまうことを言っている。『影武者を見ている』なんて言う場合もあるんだけど。もしかしたら、それかも」
 自分がもし逆の立場で、幸子ちゃんが「男性の元同僚に変な手紙を出す」なんていう話を始めたら、「勝手にしたら」なんて言ってあんまり相手にしないと思う。こうして、相手をしてくれるところは幸子ちゃんの偉いところだ。というか、やはりそれなりに気になるので、ぼくの考えとか精神状態を探っているのかもれない。
 それと、やはり少し危なそうな精神状態の人の面倒を見るのが好きなのかもしれない。だから臨床心理士にもなったし、自分みたいな変な人物と結婚したのだろう。
 そうしてみると、それなりに相性にいいカップルということになるのだろうか。
 でも、いきなり専門用語が出てきたりするところがどうも偉そうで、やや反発したくなるところでもある。短大を出て一般事務をしていたような女の子と結婚していたらこういうことは言われないかもしれないが、それはそれで話が合わなくて困るかもしれない。結局どんな人と結婚しても「一長一短・帯に短しタスキに長し」なのであろう。
「なんだか難しそうな言葉だなあ。いきなり専門用語が出てきてなんか上から目線のような感じがする。病院でもそんなことを言ってるの」
「病院では言いたくても言えないぶん家で言ってるのよ」
「そうか。それで、仮にその投影的同一視ということが正しいとして、その言葉が出てくることで何か解決するようなことはあるんでしょうか」
「まあ、それがわかったからと言って、すぐどうなるもんでもないけど、そういう背景があるんだから気にしないようにしよう。なんていう流れにはなる場合もあることはあるわよ」
 幸子ちゃんは病院に勤務している臨床心理士なので、そういったことは一通り知っている。
「結論は『気にしない』になるのか、それじゃあ変な専門用語を持ち出してもあんまり意味がないんじゃないかな。理屈ではそうかもしれないけど、『気にしない』というのがどうもなかなか難しいんだ」
「でも、心の仕組みがなんとなくわかっていれば、多少は違ってくるんじゃない」
「そうかなあ。ところで昨日なんか見慣れないものを持ってこなかったか」
「あれでしょう」
 幸子ちゃんは淡々と部屋の隅を指さした。「あんな物持ってきてダメじゃないのよ」とヒステリックに怒ったりしないところが、怖くなくていいのだが少し物足りないような感じもする。「ヒステリックに怒らないのが不満」というのも変かもしれないが、確かに田上ティーチャーとか自分の母のようなヒステリックに怒る子供っぽい人の方が、わかりやすくていいような気がすることもある。
 指を指した部屋の隅には、工事現場などで使うオレンジのコーンが置いてあった。さすがにマサカリではない。
 マサカリがコーンだということは、坂田の金時さんだか銀時さんだかは、道路工事の現場作業員かガードマンだったのか。でも、そういう人たちがコーンを持って行くように薦めるわけないし、謎だ。もしかしたら完全な幻だったのだろうか。
〈変だなあ〉
 まあ、しかし、基本的に酒を飲みすぎていた時のことを後で正確に思い出そうとするのは無理がある。考えてもわかりそうにないので考えるのは止めて、幸子ちゃんが作ってくれた朝ごはんを食べることにした。

※ 次の話→ヒステリックな女教師の思い出⑭

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?