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小田亮 著「利他学」

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マルチレベル淘汰

「利他学」より  集団内への利己的な個体の侵入を防ぎ、利他的な集団の方が利己的な集団よりも全体としての適応度を上げることになれば、利他的行動が進化し得るとではないかという考え。進化生物学者デイヴィッド・スローン・ウィルソン提唱。  閉鎖的な集団を考える。集団同士の交流はほぼなく、厳しい環境に置かれているとすると、お互いに助け合う集団では全体的に適応度が高いが、利己的な個体ばかりで、足を引っ張り合っている集団ではそれに比べて適応度が低くなる。  このような場合には、集団の

進化的適応環境

「利他学」(小田亮、新潮新書、2011年)P33-より  現代人の持つさまざまな特徴は、どのような環境への適応だったのだろうか。現在のような、高度な文明に支えられた環境ではなかったことは明らかだ。なぜなら、進化には時間がかかるからである。特に、人間のような世代交代が遅い種では、ある特徴が自然選択によって形成されるには相当な時間がかかると考えられる。ヒト、つまり生物としての人類がチンパンジーとの共通祖先から分岐したのが約600万年前といわれている。そこから、ヒトとしての特徴が

心や行動も進化する

「利他学」(小田亮、新潮新書、2011年)P30-より  心は脳の働きであり、脳は遺伝子によってコード化されていることを考えると、心もまた生物の器官のように、遺伝子が次世代に残っていくために設計したものであると考えられる。遺伝子は心の働きを媒介して、周囲の環境と関わっていく。  哲学者のダニエル・デネットは、生物の「心」はいくつかの段階に分けてモデル化できるとしている。  最も単純なタイプの生物を見てみよう。これには外界と相互作用するインターフェイスが「作り付け」の形で

自然選択説の反証可能性

「利他学」(小田亮、新潮新書、2011年)P25-より  「利他学」の中では、養老孟司の『バカの壁』(新潮新書)の自然選択(自然淘汰)についての記述に誤りがあると指摘している。養老によれば、「進化論を例に取れば、『自然選択説』の危ういところも、反証ができないところです。『生き残った者が適者だ』と言っても、反証のしようがない」のだそうだ。この記述の背景には、反証主義という考え方がある。反証主義とは、ある理論や仮説が科学的であるかどうかは、それに反証可能性があるかどうかによると

利他学X3

「利他学」(小田亮、新潮選書、2011年)P125-130より 感謝と間接互恵性 感謝もまた、利他行動に関係する感情として重要だ。私たちは他人から親切にされると、そのことに対して感謝という感情を抱き、恩返しをしなければ、と思う。互恵的利他行動はお返しがないと成立しないので、そのお返しを動機づけるために感謝という感情が進化したのでは、とトリヴァースは考えている。感謝がなぜ重要なのかというと、利他行動のやり手に対するお返しを動機づけるだけなく、やり手以外の人への利他行動を起こさ

利他学X2

「利他学」(小田亮、新潮社、2011年)P123-より 人間は誰に対して同情するのか? ここで紹介する分析で用いられたのは、場面想定法である。実際に参加者がなんらかのコストを払うというかたちで他者への援助行動を調べた研究も過去にあるが、この分析では架空の場面を想定してもらい、そこでどのような選択をするのかという質問をした。  具体的には前節の冒頭で考えてもらったような場面を想定し、真面目で偶然失敗したA君、真面目だが自分のせいで失敗したB君、不真面目で偶然失敗したC君、不

利他学X

「利他学」(小田亮、新潮社、2011年)P119ー123より 利他行動と感情 私たちが互恵的利他行動(あとで見返りがあると期待されるために、ある個体が他の個体の利益になる行為を即座の見返り無しでとる利他的行動の一種)への適応としてもっている仕組みは、相手の利他性を検知したり、非利他的な人を特に記憶していたりというだけではない。実は、人間がもつ豊かな感情もまた、互恵的利他行動への適応ではないかという説があるのだ。  人間の感情には、怒りや驚きなど、他の動物と共通したものがい

利他学2

「利他学」(小田亮、新潮社、2011年)P19-21から要約 「仕組み」と「機能」の関係「仕組み」についての問いと「機能」についての問いは別々のものだと述べたが、実はこの二つは無関係なものではない。  道具を例にとって考えてみよう。例えばハサミだ。一般的なハサミがどういう「仕組み」になっているかというと、二つの刃が交叉するように固定されていて、反対側には穴があけられている。なぜこんな形ちかといえば、穴の部分に指を入れて刃を操作し、紙などを二つの刃で挟み込んで切断するためで

利他学1

「利他学」(小田亮、新潮社、2011年)P16-18から要約 四つの「なぜ」 なぜ、人間は他人に対して親切にするのだろうか。人間に限らず、動物一般の行動について、「なぜ」そんなことをするのだろう、ということを考えるときには、四つの異なる考え方がある。これは、動物行動学の創始者の一人であり、1973年にノーベル医学生理学賞を受賞したニコ・ティンバーゲンが提唱したものだ。  四つの「なぜ」とは ①その行動が起こる仕組みは何なのだろうか。 ②その行動にはどんな機能があるのだろ