ブラオケ的吹奏楽名曲名盤紹介~吹奏楽の散歩道〜 #12「ブリュッセル・レクイエム」

3月。


暦上は“春”ということになっているが、まだまだ桜の蕾も硬く、朝晩はまだまだ冬を感じるが、昼間はちょっと寒さも和らぎ、春の足音が近づいてきたようにも思える。


春は吹奏楽の演奏会のシーズンでもある。

中高生も受験を終えた3月は、3年生を追い出すために、一般バンドも夏のコンクールと春の演奏会を2大活動巨頭としているバンドも多く、忙しい年度明けの4月よりも、2〜3月またはコンクールへの前哨戦として5〜6月に演奏会というところが多い。


そんな吹奏楽の演奏会事情。

選曲もバンドや学校によって趣向を凝らしてラインナップされるわけだが、ここ最近、巷でよく見かける曲がある。


それが今回ご紹介する《ブリュッセル・レクイエム》だ。


作曲はベルギーの作曲家“ベルト・アッペルモント”。


2016年にオーストリアのブラスバンド、「ブラスバンド・オーバーエスターライヒ(Brass Band Oberosterreich)」の委嘱により作曲された、元はブラスバンドの曲。2017年のヨーロピアン・ブラスバンド・チャンピオンシップにて同団により初演され、その後2018年のイギリス国内のブラスバンドコンテスト「ブリティッシュオープン」の課題曲にもなった。


吹奏楽版は作曲者本人により編曲がなされ、初演と同年の2017年に出版。

日本では2018年の全日本吹奏楽コンクールで「名取交響吹奏楽団」「精華女子高校」「北斗市立上磯中学校」の3団体が鮮やかな演奏で金賞を取ると瞬く間に話題になり、翌2019年は全国で68団体が取り上げ、支部大会には42団体が、全国大会にも11団体という、これまで類を見ない空前の大ブームとなった。

その後も一過性のブームに終わらず、全国各地でコンクールの自由曲をはじめ、演奏会のメインとして取り上げられ続けている。


以前にもご紹介した通り、ブラスバンド由来の曲は難曲が多い。

ピーター・グレイアムの《ハリソンの夢》《メトロポリス1927》、フィリップ・スパークの《ドラゴンの年》《宇宙の音楽》、ヤン・ヴァン=デル=ロースト《いにしえの時から》……これらは全てヨーロッパのブラスバンド選手権の最上級部門の課題曲や自由曲として作曲されたもので、この《ブリュッセル・レクイエム》もこれらの例に漏れず非常に高い技術と表現力が要求される。

この曲はタイトルに“レクイエム”とついているが、2016年3月に発生したベルギーのブリュッセルで連続爆破テロ事件をテーマに、その犠牲者への想いをレクイエムとして作られた曲だ。

しかし、その惨劇を再現するものではなく、作曲者コメントによれば、「事件に接した際の精神的不安や、怒り、哀しみ、犠牲者への追悼」を総合的に描いたものだそうだ。

曲中にはフランスの童謡《月の光の下で》(別名「お友だちのピエロさん」。組曲《動物の謝肉祭》第12曲〈化石〉や、ドビュッシーの《前奏曲集》第2巻第7曲〈月の光が降り注ぐテラス〉にも使用されている。)の旋律が随所に引用されており、作曲者によればこのメロディは「テロで破壊された無垢の象徴」とのことだ。


曲は以下の4つの部分に分かれており、途切れることなく演奏される。

各場面のテンポが「緩・急・緩・急」と交互に並んでいるため、縮小された交響曲の形式をとっているとも言えるだろう。


1. Innocence〈無垢〉

クラリネットのSoloから始まり、グロッケンにより《月の光の下で》のモチーフが奏でられる。まだ事件が起こる前の、平和な日常を描いているような、とても優しさ溢れる部分だが、終盤、再びグロッケンの《月の光の下で》のモチーフの裏ではテロリストの影がトランペットの激しい連符により表現され、事件の発生を垣間見る。。


2. Cold Blood〈冷血〉

まさにテロ事件の状況の再現。キツく細かい連符、緊張感あふれるリズムに、テロ事件の緊張感や激しさ、逃げ惑う人々やその悲鳴がありとあらゆる楽器で表現されている、とても激しい部分が続く。
そして、Tuttiで《月の光の下で》が事件後の惨劇を表現し、苦しみ、深い悲しみが奏でられる。


3. In Memoriam-We shall Rise Again〈追悼~我々は甦る〉

トランペットによる《月の光の下で》のモチーフから始まると、木管低音による重苦しく、暗い音楽によって残された人々の深い悲しみ、そして犠牲者の追悼の意が表現される。
追悼のテーマが終わると、ユーフォニアムから語りかけるような美しいメロディーが奏でられると、オーボエ、イングリッシュホルンのデュオ、それに応えるユーフォニアムのデュオと受け継がれ、音楽はどんどん前向きに力強く進んでいく。


4. A New Day〈新たな日〉

最高潮に達したところで、トロンボーンのリズムを皮切りに、何かを予兆させるような、迫りくる部分、そしてテロに負けるかと言わんばかりに爆発的なテーマの後ジャジーな部分に入ってくる。
トロンボーン、サックスセクションによるカッコいいテーマ、トランペット、トロンボーンの超絶技巧のソロ。
そして3部で出てきたユーフォニアムのテーマが木管セクションにより奏でられ、それに応えるようにトランペットによりユーフォニアムのデュオの応答部分が再現される。それは非常に力強く、希望にあふれた音楽で、感動のクライマックスとも言えよう。
再びハイテンポになると、曲調は明るく、前向きに新たな日々を迎えつつも、テロのことは忘れないという思いが表現されるのか、第1部のような激しさ、テーマも垣間見れ、そのまま走り抜けて曲は終了する。
それはテロによって深い傷を負った人々がそれでも力強く、必死に前向きに生きようとする姿が表現されているようにも聞こえる。

悲しく、痛ましい事件が起き、犠牲者を追悼するまさに“レクイエム”の部分、そして葛藤を経て、明日への希望を奏でる壮大なクライマックスが大変感動的な構成になっている。

2019年の“ブリュッセルブーム”に止まらず、高い技術が要求されるにも関わらず、今なお全国各地で演奏される曲というのはやはりそれだけ魅力のある曲だということだ。

最後に、同曲のいくつかおすすめの音源をご紹介

土気シビックウインドオーケストラ Vol22 【A BRUSSEL REQUIEM】


千葉県の名門バンドから。吹奏楽コンクール一般の部に人数制限ができてからコンクールの出場を取りやめているバンドだが、実力は十二分。

ちょっと安全運転感はあるが、パンチの効いたサウンドは健在。安定した音楽を聞かせてくれる

東京藝大ウィンドオーケストラ 【D.ホルジンガー&B.アッペルモント】


これも正確さを求めて安全運転感が否めないが、洗練されたサウンドのクリアさと各声部の明瞭さを推したい。もしかしたら、今まで聞こえてこなかった声部も聞こえて、新たな発見があるかも?!



次はYouTubeから。

やはり、原曲のブラスバンド版は押さえておきたい。

こちらは2018年、課題曲として採用された年のブリティッシュオープン。

名門Cory Band。ちょっとカットされいるようだが、そんなことはお構いなし。

スピード感、緊張感、技術、サウンド、どれをとっても圧巻の一言。

こちらは関西にある「プリモブラス」というバンドの演奏会から。

とにかくテクニックが凄まじい。

おそらく日本一のスピード感でこの曲を演奏するバンドだろう。

元々のブラスバンドの持つ雰囲気、勢いをそのまま吹奏楽にした感じの演奏。

あのスピード感で最も簡単に涼しく演奏してるように聞こえるのは聞いていて気持ち良さすら感じる。

個人的には吹奏楽版では一番好きな演奏である。

昨年の夏に《いにしえの時から》にチャレンジし、今回は《宇宙の音楽》。

果たして、我らがブラオケもこの難曲に挑む時が来るのであろうか・・・。

(文:@G)

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