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東京都下水道局 旧三河島汚水処分場運転開始100周年

 我が国最初の近代下水処理場である旧三河島汚水処分場(現三河島水再生センター)が大正11(1922)年3月26日に運転を開始してから、令和4(2022)年に100周年を迎えました。なかでも喞筒(ポンプ)場施設においては、旧三河島汚水処分場の代表的遺構として高い歴史的価値が認められることから、下水道分野では初めて国の重要文化財に指定され、現在は通年の一般公開を行っています。
 今回はそんな、「国指定重要文化財 旧三河島汚水処分場喞筒(ポンプ)場施設」をご紹介します。

◇喞筒(ポンプ)場施設とは?

 地下深くに流入してきた下水を地上にある水処理施設に送り込むため、下水をポンプで吸い上げる施設です。旧三河島汚水処分場喞筒場施設は、外神田付近から約4.5kmを自然流下してきた下水の管路の深度(管底地表下約6.5m)にあわせて掘削された凹地に建設されています。施設は、平成11(1999)年に別系統のポンプ施設に切り替えられて停止するまで、約80年間にわたって使用され続けました。

◇日本初の近代下水処理場

 旧三河島汚水処分場は、隅田川の中流に位置し、大正11年に稼働した日本初の近代下水処理施設です。施設の完成により、市街地の汚水を処理施設に集めて浄化した上で、河川に流すことができるようになりました。このことにより、都市の衛生環境は大きく改善し、東京の近代都市発展に寄与しました。旧三河島汚水処分場喞筒場施設では、集水から揚水までの一連の構造物が、旧態を保持しつつまとめて残っており、近代下水処理施設の構成を知る上でも重要な文化財となっています。

建設当時の航空写真
重要文化財指定書
建設当時の「沈砂池」(下水を池の中でゆっくり流し、下水中の土砂を沈殿させて 取り除きます。右手前は、沈殿した土砂を回収する「揚泥機」です。)

◇優美でクラシックな建築様式

 大正12年の関東大震災にも耐えた喞筒室の外観は、垂直線と水平線、平面を用いた抽象的な要素で構成されています。これは、当時ヨーロッパから日本にもたらされた最新の建築様式(セセッション様式)を取り入れたもので、関東地方に数例しかない現存する貴重な建物です。また、優美にしてクラシックな赤レンガを用いた外観も、大きな魅力の一つです。その優雅な姿は近代都市東京の発展と密接に関連していたことを想起させます。


南側に張り出す両翼をもった左右対称の「喞筒室」外観


「濾格室」上屋(下水中の浮いたゴミを地下のスクリーンで取り除きます。)


「喞筒室」(内観下水を地下ポンプ井から吸い上げるポンプが 10台設置されています。)

◇当時の地下構造物を見る

 稼働していた当時、実際に下水が流入していた地下施設も見学することができます。床面は陶板タイル張りで、地下構造物でありながら見事な曲線のアーチ型で仕上げられています。
 見学の際には、かつての地下での下水の流れに沿って、案内人が丁寧にご説明します。


東西に分かれて沈砂池を通った下水が合流する「喞筒井接続暗渠」

◇四季折々の姿

 季節によって様々な姿を見せるのも、大きな魅力の一つです。桜の季節には、敷地内に植えられた約300本の桜が一斉に咲き誇り、つつじの季節には、約220本のつつじが開花します。
 さらに、冬には、歴史的建造物とキャンドルの灯りのコントラストが美しい"キャンドルナイト"を開催しました。イベント開催の際は、下水道局ホームページ等でお知らせいたします。
https://www.gesui.metro.tokyo.lg.jp/index.html


三河島の桜


三河島のつつじ


キャンドルナイト


冬の三河島