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~安全・安心な食肉を提供するために~   東京都芝浦食肉衛生検査所の業務紹介

はじめに
 東京都における和牛の飼養頭数は、全国で2番目に少ない520頭です※1。一方で、和牛の枝肉生産量は全国で2番目に多く、年間約31,000トン、頭数にすると約65,000頭分の和牛の枝肉が生産されています※2。

全国各地から集まる黒毛和牛(左)、牛の枝肉割面(右)

 都内の飼養頭数を超えるこれらの和牛は、松阪牛や常陸牛をはじめとする全国各地のブランド牛等が集まってきたものです。

 和牛のほかにも、毎年約20万頭の豚が都立芝浦と場に集まり、と畜業者等によってと畜されて食肉へと処理されています※2。

 これら芝浦と場に集まるすべての牛や豚について、食品衛生上の危害を防止するために、と畜検査を実施しているのが東京都芝浦食肉衛生検査所です。

牛のと畜検査の様子(左)、せり前の牛枝肉(右)

 本稿では、芝浦食肉衛生検査所で勤務する公衆衛生獣医師の業務内容等について紹介します。

※1 令和2年畜産統計 農林水産省
※2 令和2年畜産物流通統計 農林水産省
 

1 芝浦食肉衛生検査所の概要について


 日本では、と畜場法に基づき、食用に供するすべての獣畜(牛・豚・馬・めん羊・山羊)は、
①と畜場においてと畜すること
②と畜検査を受けること
③と畜検査に合格したものだけが食用として流通できること
と規定されています。
 
 また、と畜場法及びと畜場法施行令により、と畜検査員は、都道府県又は保健所設置市の職員のうち、獣医師であることと規定されています。

 東京都においては、品川駅港南口から徒歩3分の位置に、都立芝浦と場及び枝肉のせりが行われる食肉市場が開設されており、東京ドーム1.3個分に相当する約64,000㎡の敷地の一角に、と畜検査等を実施する芝浦食肉衛生検査所もあります。


芝浦食肉衛生検査所が入るビル
食肉市場の平面図

 芝浦食肉衛生検査所には、都職員の中からと畜検査員として選任された獣医師が44名(令和3年4月時点)在籍しており、と畜検査のほか、食肉市場内の卸売業者や仲卸業者に対して食品衛生法等に基づく監視指導等を実施することで、東京都の食肉市場から供給される食肉の安全を確保しています。

 あわせて、調査研究や普及啓発事業を実施することで、新たな知見の集積や安心して食肉を食べる方法等の周知にも取り組んでいます。

 また、伊豆諸島の八丈島にも、山羊をと畜するためのと畜場が開設されており、芝浦食肉衛生検査所の兼務職員として、島しょ保健所に勤務する獣医師がと畜検査を実施しています。

2 芝浦食肉衛生検査所における1日の業務の流れ


 芝浦食肉衛生検査所では、と畜検査以外にも、食品衛生法に基づく監視指導等、様々な業務を実施しています。そのため、獣医師を検査課と管理課に分け、課ごとに役割分担をして業務を遂行しています。

 各課における1日のと畜検査・監視業務の大まかな流れについては、以下の図のとおりです。


3 と畜検査の流れ

 と畜検査では、と畜場法及びと畜場法施行規則に定める疾病や異常の有無について確認しています。

 具体的には、獣畜(牛・豚・馬・めん羊・山羊)に関わるもので、口蹄疫や豚熱などの家畜伝染病22疾病、牛伝染性リンパ腫や豚丹毒などの届出伝染病52疾病、その他の疾病や異常として、敗血症や有鉤嚢虫症、中毒諸症、炎症など人体に有害なおそれがあるものの有無を確認しています。

 一方で、芝浦食肉衛生検査所においては、1頭に費やすことができると畜検査の時間に限りがあります。

 このため、と畜検査員は、短い時間の中で多くの疾病や異常を見極めるための知識や技術が求められています。

 大学時代に培った知識に加え、平時から各種研修への参加や学術書、OJT等で家畜伝染病等の知識や臨床検査技術を向上させることで、短時間での確実な疾病等排除を行っています。

 実際に芝浦と場に搬入される牛や豚では、牛伝染性リンパ腫(94頭)や豚丹毒(26頭)、膿毒症(40頭)などが多く確認されています※3。

 また、東京都のと畜場には全国から獣畜が集められるため、家畜伝染病をはじめ、各地域で流行している様々な疾病にり患している獣畜が搬入されるリスクがあります。

 こういった家畜防疫上の対策について、と畜検査時における確認の他、関係機関と連携した防疫体制の構築及び改善のための助言等も実施しています。

 と畜検査については、以下の流れで実施をしています。

一般的なと畜検査の流れ

 具体的な実施方法については、と畜場法施行令やと畜検査実施要領等で規定されています。

 これにより、東京都をはじめ、各都道府県等のと畜検査員は同一水準の検査を実施し、確実な食肉の安全性を担保しています。

※3 令和3年版 食肉衛生検査業務概況 東京都芝浦食肉衛生検査所

(1)生体検査

 と畜場に搬入された獣畜は、と畜業者等により体表などの汚れが除去され、安静な状態で係留されます。この状態の獣畜について生体検査を実施します。

 検査では、事前に確認した病歴や投薬履歴を参考に、主に望診、触診、聴診等を行い、異常の有無を確認します。

 口腔粘膜や蹄冠部などの水疱(口蹄疫等の疑い)や、豚体表の菱形疹(豚丹毒の疑い)といった異常を認めた場合は、精密検査の結果、とさつを禁止することもあります。

下顎リンパ節を触診(左)、耳下腺リンパ節の触診及び体表温度の確認(右)

(2)解体前検査

 生体検査に合格した獣畜は、と畜業者等によりとさつが行われます。この際に、血液の色や凝固不全(炭疽等の疑い)といった異常の有無を確認します。

 異常が認められた場合、精密検査の結果、解体を禁止することもあります。

(3)解体後検査

 生体検査、解体前検査に合格した獣畜は、と畜業者等により解体され枝肉まで処理されます。この際に、頭部、内臓、枝肉(筋肉や骨等)について、異常の有無を確認します。

 解体後検査では、各リンパ節や内臓、筋肉等を望診及び触診します。また、必要に応じて各臓器を切開し、その割面を確認することで、肉眼的に病変部位等の有無を確認し、食用として不適であると判断した場合に、廃棄処分とします。

 筋肉や臓器等の検査に当たっては、確認したい部位や切断面を確実に露出させ、かつ、検査による切れ込みが商品としての価値に影響を与えないよう、瞬時に筋肉等の適切な位置や角度を見極めて切れ込みを入れます。
 
また、組織構造が壊れないように切開する必要があるため、使用する検査刀は刃に触れるだけで切れるほど鋭利に研磨しています。
 
 全身性のリンパ節の腫脹(牛伝染性リンパ腫等の疑い)や心臓弁に疣贅物(敗血症等の疑い)といった異常が認められたときは、必要に応じて後述の精密検査を実施します。 

リンパ節・舌・咬筋を検査(左)
胸腔・腹腔内臓器を検査(中央)
リンパ節・筋肉等を検査(右)

(4)精密検査

 生体検査・解体前検査・解体後検査において異常を認め、より詳細な検査が必要であると判断した場合は、精密検査を実施します。

検査は、微生物学的検査、病理学的検査、理化学的検査、生物学的検査、BSE(牛海綿状脳症)検査を実施しています。

 各検査においては、検体の培地への接種や菌の同定、RT-PCRによるウイルス等の遺伝子解析、病理組織切片の作成・診断、LC-MS/MS等による動物用医薬の残留等の分析など、外注や専門の技師に委託することなく、全ての工程を芝浦食肉衛生検査所の担当獣医師が実施しています。

 なお、と畜検査とは別に、と畜検査合格後の枝肉に対して、動物用医薬品や農薬等の残留有害物質が含有していないか等、食品衛生法に基づく検査も実施しています。

病理学的検査の様子(左)、理化学的検査の様子(中央)、生物学的検査の様子(右)

(5)検印

 と畜検査に合格した内臓や枝肉は、と畜検査合格の証明となる検印が押されます。
 検印は、と畜場法施行規則により、獣畜ごとに形が規定されており、牛では楕円形、豚では円形となっています。

牛枝肉に押印する様子(左)、豚枝肉の検印(右)

 と畜検査に合格し、冷蔵庫で10度以下まで冷却された枝肉は、別のと畜場で解体・処理された枝肉と共に食肉市場でせりにかけられ、食肉市場内の仲卸業者をはじめ、全国の関係事業者へと販売されます。

食肉市場の牛のせりの様子(左)、食肉市場の豚のせりの様子(右)


4 食肉処理施設の監視


 せり落とされた枝肉の一部は、仲卸が食肉市場内に設けた食肉処理施設でブロック肉やスライス肉に加工され、小売店や飲食店等に販売されます。
 
 このような食品の加工や販売を行う施設は、食の安全性を確保するために食品衛生法に基づく営業許可の取得が必要となり、施設や設備に関する基準の遵守やHACCP※4に沿った衛生管理の実施が求められます。

※4 「食品衛生の窓」

 芝浦食肉衛生検査所では、食中毒の発生が多い夏期や物流の多くなる歳末の時期を中心に、食肉市場内の営業許可施設が適切に衛生管理等を実施しているかについて、立入検査を実施しています。

 立入検査では、食品や器具の衛生的な取扱い、施設の清潔保持、従事者の健康管理、適正な食品表示などについて確認しています。

スライサーのふき取り検査の様子(左)、立入検査の様子(右)

 食品等の衛生管理に関する不備や、細菌の簡易ふき取り検査などで腸管出血性大腸菌などの食中毒菌等が検出された場合は、改善について必要な指導を実施しています。

 また、芝浦と場でと畜された食肉の一部は、海外にも輸出されています。

 食肉を海外に輸出するには、輸出先国の求めに応じて、農林水産物及び食品の輸出の促進に関する法律に基づく衛生証明書の添付が必要であり、衛生証明書を食肉衛生検査所等で発行しています。

 芝浦食肉衛生検査所では、令和3年度速報値で年間458件、食肉約121トン分の衛生証明書を発行しています。近年、国の畜産物輸出促進政策を背景に、取扱件数・取扱量が増加傾向にあり、検査所での輸出関係の事務量も増加しています。

 証明書発行の際には、各国(または地域)と日本との二国間協議によって決まった要求事項に合致した食肉であることを確認するため、輸出先ごとに異なる申請書類等の確認や輸出用食肉の検品を実施しています。

 輸出される食肉の多くは冷凍食肉であるため、食肉の温度が法定の-15℃(マカオ向けは取扱要綱により-18℃)を超えないように、原則、冷蔵・冷凍庫内で検品を実施しています。

輸出食肉の検品の様子(左)、書類審査の様子(右)


5 調査研究


 芝浦食肉衛生検査所では、新たな検査方法の検討や検査技術・業務効率の向上を図り、食肉衛生の一層の向上に寄与するため、さまざまな調査研究を行っています。

 調査結果は、当所HP※5に概要を掲載する他、Webを併用した調査研究発表会や各種学会等を通じて、外部向けに公表しています。

※5 「芝浦食肉衛生検査所 HP」

6 普及啓発

(1)講習会等

 芝浦食肉衛生検査所は、食肉市場内の仲卸や関係事業者、と畜業者等を対象に、HACCPなど最新の衛生知識や技術、食中毒予防、食肉衛生といった食品衛生全般に必要な基本的・専門的知識や技術に加え家畜伝染病対策を含む、と畜場の衛生管理に関する具体的な事例等についての講習会を実施しています。

 また、毎年10月中旬に開催される「東京食肉市場まつり」に、当所のブースを出展し都民等来場者へ食肉の安全な食べ方などの食中毒予防等に関する10分程度のミニ講習会を実施したり、実際のと畜検査で発見された寄生虫などの標本の展示をしたりしています。

展示物の説明をしている様子(左)、ミニ講習会の様子(右)

(2)普及啓発資材作成


 年2回以上、「検査所だより」という食肉の衛生に関する普及啓発チラシを作成し、食肉市場内の仲卸や関係事業者に直接配布を行うほか、当所HP※6にも掲載して一般消費者に公開しています。

※6 「芝浦食肉衛生検査所 HP」

7 最後に

 今日の日本においては、牛肉や豚肉等の食肉は“あたりまえ“に安全・安心な食品として日々の食卓にのぼっています。

 一方で、過去には、国内でのBSE発生や腸管出血性大腸菌O157による大規模な食中毒事件、食肉の産地偽装など、食肉に対する安全・安心が揺るがされた事件も発生しています。

 芝浦食肉衛生検査所は、全国でも有数の食肉生産及び流通拠点である東京食肉市場及び芝浦と場を所管する事業所として、食肉による危害を未然に防止し、食肉の安全・安心が“あたりまえ“に享受し続けられるように、これからも確実なと畜検査や事業者への適切な監視指導、都民等への効果的な普及啓発等に取り組んでいきます。