ブックエンド(1)
マンションの廊下を誰かが歩いている。おそらく出勤するためにドアを開けて外に出て、ドアの鍵を閉めてエレベーターに乗りにいくところだ。あそこが廊下という名前なのかは分からないが、きっとそうだろう。10、11階といったところだ。あんなに高いところに住んで怖くないのだろうか。私はせいぜい3階くらいが限度のような気がする。しかし自分がいま4階にいるにもかかわらず一ミリも恐怖を感じていないことから、その心配の適当さに我ながら感心してしまう。
私は読みかけの小説に目線を戻した。この本は頁の面積に対して文字数が少ない、つまり余白が多いとも言える。この手の本は、厚みの割にすぐ読み終えることができるから嫌いじゃない。しかし、試しに本を上から眺めてみると、まだ全体の5分の1程度しか進んでいないことが分かり、なんだか気分が冷めてしまう。
教室はやたら静かだった。たまに誰かが本の頁をめくる音が聞こえるくらいで、あとは学校が学校であり続けるために鳴らす、10メートル先で小さなモーターが駆動するような音だけが響いている。朝読書の時間はあと5分ほどで終わる。全部で15分なのだが、これが読書に没頭するには少し短く、窓から外の景色を眺めるには長すぎて退屈してしまう。なにせ風景は昨日と全く同じで、明日もきっと変わらない。遠くに見える駅の近くのマンションに人を見つけたところで、その人が飛び降りでもしない限り私の観察はただの観察に終わるだけだ。
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