ローソンとファミリーマートの戦略と苦悩

しばらく前にローソンのPB商品のデザインがリニューアルされたことが少し話題になった。このデザインは著名デザイナーである佐藤オオキ氏率いるnendoが担当したが、デザインはお洒落であるもののとにかく商品が分かりにくかったのである。共通のデザインコードが用いられているためにパッと見ても牛乳なのか麦茶なのか紅茶なのかが分からなかったり、また納豆や油揚げなどはアルファベットで表示されていたりしており、とにかく視認性が落ちたのである。油揚げにいたっては”ABURA AGE”と書かれていたために、エイブラエイジと読めてしまい、一部ネットではかなり茶化されていたのである。

実際にローソンの竹増社長も一部のデザインが分かりにくいことは認めており、必要に応じて改善していく旨はインタビューでも述べている。またnendoはローソンの親会社である三菱商事も出資しており、このデザイン変更も「三菱グループの内輪の理論」を優先した取り組みではないかといった見方も存在しているため。

そのためこれを単純にデザインリニューアルの失敗と見ることもできなくはないが、個人的にはこのデザインの背景にはローソンの戦略的な転換があり、この変更もその活動の一部であるのではないかと推測している。決して思い付きや内輪の論理を優先した結果ではなく、この変更には深い考えがあると思っている。

そこで本エントリではローソン、そして先日伊藤忠による公開買付けが発表されたファミリーマートの2社の戦略について私なりの見解を述べたい。なお本エントリはあくまでも全て個人としての意見であり、私が所属するファームとは一切関係がないことを予め述べておく。

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まずはローソンの戦略から述べていくが、まずは同社の過去の戦略を先に見ていきたい。

ローソンは2003年から2014年までは三菱商事出身で現サントリーHDの社長である新浪氏が11年間にわたって率いており、この間に売上高は2,450億円から4,850億円までに成長している。これだけ長い期間なので戦略を一言で表すことは難しいかもしれないが、日本国内に限って言えば、基本的には地域拡大と新フォーマットの模索であったのではないかと考えられる。一つ目はシンプルである。同氏が社長に就任した時点では今ほどコンビニが過密になっておらず出店余地があったのである。実際に2003年には同社のコンビニの店舗数は7,821店であったが、2014年のCEO退任時には11,606店まで増えている。またこの期間に王者のセブンイレブンは10,303店から17,491店へ、am/pmを買収したファミリーマートは6,424店から11,328店へと増加している。当時の経営判断として引き続き市場には拡大余地があると見て、それに取り組んだのではないだろうか。

二つ目は新しい店舗フォーマットである。ローソンはナチュラルローソン、ローソンストア100などのフォーマットを有しており、また2014年には成城石井を買収しており、他のコンビニよりも複数のフォーマットや事業を有している。(もちろん7&iはGMSなどを有しているが、事業の位置づけがローソンとは大きく異なると言えるだろう。)また実験店舗としてはハッピーローソンやローソンプラスなどのフォーマットも開発している。この背景にある発想は、おそらくは主力であるローソンでは捉えきれない消費者やオケージョンを取りにいくというものがあると見られる。典型的なのはナチュラルローソンである。コンビニは顧客に占める男性比率が高いために、主力のローソンフォーマットでは捉えられなかった女性層をナチュラルローソンで取るという意図があったと考えて間違いないだろう。そしてローソンを中核に置きながらも、それらが飽和することを見こし、その際にはナチュラルローソンなどの補完的なフォーマットで成長を実現するという画を描いたのではないだろうか。

ただ二つ目の戦略に関しては結果だけを見れば、必ずしもうまくいったとは言えないだろう。ナチュラルローソンに関しては当初はある時点では3,000店舗を目指すことを掲げていたが、現時点では145店舗にすぎず、最近はこれを大きく伸ばすことは目標にしていないようである。ローソンストア100も同様である。

その後の戦略のハイライトは三菱商事出身の竹増氏が社長に就任した2016年以降の動きが興味深い。2016年時点では同社は店舗数を13,243店舗から4年間で18,000店舗にまで増やすことを中期経営ビジョンの一部として掲げたが、ここ数年の社長のインタビューを限りは明らかにこれは取り下げており、店舗数の拡大には執着しない旨を述べている。この計画を掲げた当時もこの店舗拡大に関しては疑問視され、実際に2019年には日本で初めてコンビニの数が減少する転換点をコンビニ業界は迎えている。これまで成長を牽引してきた出店が通じなくなったのは、常に成長を求められる上場会社においては大きな課題であると言えるだろう。

またローソン(そしてファミリーマート)の戦略を考える上では、王者セブンイレブンの存在を抜きには語れない。セブンイレブンは二社を上回る規模を持ち、また文字通りパイオニアとして業界を牽引してきた。魅力的なPB商品を競争力のある値段で提供する開発力、POSデータを用いた分析力・MD力、セブン銀行などの新しいサービスを提供する事業開発力などやはりローソン・ファミリーマートと比べて頭抜けており、実際にそれが日販の違いに表れていると言えるだろう。セブンイレブンの日販が66万円なのに対してローソンは53万円、ファミリーマートも53万円となっている。同じコンビニ事業を行っているにも関わらずこれだけの違うのは、ケイパビリティの差と言えるだろう。

このように外形的には規模とノウハウでセブンイレブンに劣っている以上は、ローソンとファミリーマートは同社と同じことをやっても良くて追いつくことしかできないというのが論理的な帰結だろう。つまりローソンやファミリーマートがセブンイレブンに勝つためにはオペレーションの改善により日販で追いつこうという努力は当然のこととして実施するにせよ、戦略的には何か違うことをしなければならないのである。このような背景の中でローソンが辿り着いた戦略仮説はおそらくは「コンビニではなくなること」ではないかと思っている。そしてその中の動きの一つが冒頭のデザイン変更であると考えている。

少し丁寧に説明する。そもそもコンビニエンスストアがスーパーと同じ商品であるにも関わらず値段が高いのは、本質的には便利、つまり文字通りコンビニエントであるからと言えるだろう。コンビニの利用者は何かを欲しいと思った時にわざわざスーパーなどの店ではなくコンビニに行くのは今すぐ手に入るからであり、そこにコンビニの価値がある。これをマーケティングの顧客セグメンテーションの発想で考えみる。一般に顧客セグメンテーションの軸にはデモグラフィックス軸、ジオグラフィックス軸、サイコグラフィックス軸、オケージョン/ベネフィット軸などが挙げられるがコンビニの場合はコンビニエンスであるというオケージョン/ベネフィット軸に「全振り」しており、逆にデモグラフィックス軸やジオグラフィックス軸、サイコグラフィックス軸などでは総体としては顧客を分けていないのである。(総体としては、と述べたのは、からあげクンといった個別商品であれば他の軸は用いているはずである、という意味である。)コンビニは老若男女誰もが利用対象になり得るし、所得の高低問わず利用されるし、24時間空いているためにさまざまなライフスタイルの消費者に利用されている。また全国津々浦々に店舗はあるためにジオグラフィックス軸でも全てをカバーしていると言える。

このように考えるとローソンのPB商品の新デザインは明らかに異質なのである。新デザインはスタイリッシュ(公式には「心地よいひと時を感じ」るデザイン)である一方で視認性が悪いとおそらく大半の人は思うと見られるが、これは概念的にはコンビニエンスであるという価値を犠牲にして、スタイルという価値を取ったと見ることができるのである。このように書くと「視認性は良好ではないかも知れないが、それでも見ればどんな商品かは消費者も分かる訳でありコンビニエンスを犠牲にしたというのは大袈裟ではないか」と思われるかもしれない。それは一理あるがこれは程度問題であり、もしかしたら購買行動にはほとんど影響がないかも知れないがそれでもコンビニエンスという価値の構成要素の一つである視認性が犠牲になっていることには変わりない。一方でスタイリッシュな製品を提供するということは、ターゲットとしてスタイリッシュであることに価値を感じる顧客を狙っていることを意味し、これはコンビニエンスというオケージョン/ベネフィット以外にもサイコグラフィックス軸・デモグラフィックス軸を導入したと捉えることができるのである。実際にローソンの公式発表でも
「従来のパッケージにあったような大きな商品写真ではなく、優しい印象のフォントと共に中身や原材料などがわかる手描きのイラストをパターン状にあしらうことで、女性でも手に取りやすい柔らかな表現を目指しました。」
としており、やはり女性という特定のデモグラフィックスを狙っていることが透けて見える。(コンビニユーザーは男性の方が多いということはここで述べておく。)このようにコンビニエンスであることを追求してきたコンビニにとってはコンビニエンスの価値を犠牲にして、他の価値を提供するというのは概念的に極めて大きな動きなのである。

最近はローソンは無印良品との提携を発表したこともやはりコンビニエンス以外の価値を提供するための動きの一つであると考えられる。無印良品の利用者は女性比率70-80%であり、また明確にサイコグラフィックス軸で見たときに特定のセグメントに向けたブランドであるため、これをローソンに置くということは新デザイン同様にこれまでと異なる顧客セグメントに対してコンビニエンスとは異なる価値を提供していると見ることができる。やや脇道に逸れるが良品計画の金井会長も以前に「無印良品という世界観は決してマスのものではなく、一部の分かる人に共感して貰えればいい。ただこのような価値観の人は日本だけでなく世界中にいるはずなので、仮にそのような人たちが人口の10%居るならば、世界の人口の10%を取りたい」といったことを述べていた。このように無印良品はあくまでも特定のサイコグラフィックスの顧客セグメントを狙っているのである。

そしてローソンはこれらをナチュラルローソンではなく主力フォーマットであるローソンそのものでやっている点も特筆すべきだと思っている。nendoの新デザインや無印良品は商品特性を考えると明らかにナチュラルローソンの方が顧客層が近いと考えられるが、それを特定の顧客セグメントを狙ったナチュラルローソンではなく、老若男女を対象としている(ただし便利というオケージョン軸を対象とした)ローソンで導入しているのである。これはこれまでのローソンの戦略とは明らかに異なった動きであると見られる。

仮にこの推測が正しくローソンは戦略としてコンビニエンスであることだけでない顧客価値を提供するようにしているとする。するとこれは戦略としては大きな転換であり、上手くいけばセブンイレブンとは差別化は確実に実現できるが、一方で大きなリスクを伴うと言えるだろう。理由は顧客価値が概念レベルで「コンビニエンスであること」以外のものが共存すると、二兎追うものは一兎も得ずになり、どちらも中途半端なものになってしまう可能性があるためである。便利さでいけばセブンイレブンに軍配が上がり、独自製品であれば無印良品や地元の惣菜屋などに勝てない状況に陥ってしまう可能性があるのである。これをナチュラルローソンで実施するのであれば失敗してもダメージは少ないが、ローソンそのもので実施するというのはかなり思い切った取り組みなのではないかと推察される。また現実的な話としては無印良品は以前はファミリーマートに商品を卸していたが、あまり売れ行きが芳しくなかった模様であり結局はファミリーマートとの提携は終了したという経緯がある中で、ローソンは敢えてまた無印良品とタッグを組む決断をしたという点でもリスクを取ったと言えるだろう。国内市場が伸びず、セブンイレブンという圧倒的な王者がいる中で、セブンイレブンに戦うためにはこのようなある種、大胆な、そしてリスクの伴うことをしなければならないという結論に至ったのではないかと私は考えている。これはかなり苦渋の決断だっだのではないだろうか。

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ここまでローソンについて述べてきたが、もう一社の二番手集団であるファミリーマートの戦略も考察したい。ファミリーマートはこれまでは業界三位という位置付けであったが、2016年にサークルKサンクスと統合することで店舗数では業界第2位の座についた。しかし日販はローソンと同じ53万円であり、セブンイレブンの66万円とは大きく差が付いている。つまりローソンと同じ戦略課題を抱えているのである。また同社は比較的都心部に店舗が多くCOVID-19の影響も直近の既存店売上は最もダメージを受けており、決して楽観的な状況にはない。

このような環境にいる同社だが、2016年に社長に就任した元ファーストリテイリングの副社長の澤田氏は主に統合の完遂とオペレーションの改善を中心に取り組んできたように見える。特に澤田社長はこれまでのやり方では加盟店にとって持続可能ではないと捉え、廃棄ロスやフランチャイズ料の仕組みを変え加盟店のロイヤリティを上げるための施策を打ってきた。この他にもローソンやセブンイレブンは戦略的に注力しているPB商品に関してはその比率を増やしすぎることには必ずしも顧客目線では魅力ある売り場にはならないという発想の元に慎重な姿勢をとっていることは特徴としては挙げられる。(余談だが確かに私自身は一時期はNB商品があるからという理由でファミリーマートを利用していた。)また他にもファミペイというバーコード決済を入れるといった取り組みもしている。

ただし少し大胆に言えば澤田社長になってからは戦略的に大きな転換はしていない、と見ることもできるのではないだろうか。これは必ずしも否定的に言っている訳ではない。どのような事業であっても戦略的な転換が必要な局面とオペレーションを磨き込む局面があり、見方を変えるとオペレーションを磨き込むことが戦略であるとも言える。ただ今の状況下でファミリーマートのこの戦略では上記でも述べた通り、セブンイレブンと多少の違いはあるにせよ遠目では「ミニセブン」にしかなれず、セブンを越えることはできない方向性であるとも言えるだろう。その代わりにこれはリスクが少ないともいえる。ローソンの戦略は失敗すると提供価値が濁ってしまいチグハグで魅力的でない店舗になってしまうリスクがあるが、ファミリーマートの戦略では大きな転換がないためにダウンサイドリスクは少ないともいえるだろう。そして日販が13万円違う以上はそこに売上・利益向上余地が存在し、それにまず取り組むという経営判断と捉えることもできるだろう。

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ここまでローソンとファミリーマートの戦略を私なりに考察してみたが、素朴な感想としては両社ともにかなり苦しい状況にある印象であった。もちろん売上高が大きく低下することはないだろう。しかし上場会社(あるいはその子会社)として成長が求められる中で市場の飽和によりこれまで通りの成長は期待できず、かつ規模の面でもケイパビリティの面でもセブンイレブンには劣っておりそれをひっくり返すことが簡単ではなく、加えてEコマースの普及で事業の不透明性が高く、更には人手不足などに直面しているという状況の中での経営判断は極めて難しいと考えられる。このような状況下でどのような戦略を採り、それがどのような結果に結びつくのかは経営戦略の観点からは非常に興味深いと思っている。

なお冒頭で述べた通りこれはあくまでも個人としての意見であり、またあくまでも外部から見た視点に過ぎない点を強調する。関係者からすると認識が異なっている点もあるかもしれないし、その場合は是非、連絡を頂きたいと思っている。

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