餃子デザインチョイス仮説

餃子とピザは違う、と書くと当たり前に聞こえるだろう。確かに食べ物としては違うが、ビジネスの切り口を見ても違うと思っている。本エントリではこれらの違いについて述べた上で、より発展させてデザインチョイスという概念について述べていきたい。

(なお、ここで述べるピザは過去のエントリでも書いているような、pst、ストラーダ、Savoyなどの石窯(薪窯)を用いた本格的なナポリピザを指しており、餃子は高級中華料理の餃子ではなく、一皿200-600円程度の庶民的な餃子のことである。)

これまでのエントリで述べてきた通り、本格的なピザの店で味を決める要因は基本的には①窯の火力、②生地のレシピと作り方、③焼く技術の三点で決まると思っている。このうち①の窯に関しては大型の薪を使用した石窯を使えば誰でも手に入れることができるが、残りの②と③は技術力と言える。生地に関してはイースト菌、小麦粉、水、塩などのバランスは確かにレシピとしてマニュアルに落とし込むことはできるが、半日から一日程度の発酵工程があるため仕込みの際の気温、湿度、発酵時間などによって微妙な配合の調整が求められ、これは簡単にはマニュアル化が難しい。同様に焼き方に関してもそもそも60秒程度しか焼く工程はないため、数秒狂えばそれで焼き上がりも変わる。また窯の冷め具合や一度に焼くピザの枚数、焼くピザの水分量によっても微妙な調整が必要であり、これも生地同様に一定の修行が求められる。

これらはいずれも形式化することが難しいいわゆる暗黙知であると言えるだろう。実際に有名なナポリピザの店がなかなか他店舗展開できない理由もここにあると考えられる。生地に関してはセントラルキッチン化をして「生地職人」を育成すれば効率化は実現できるだろうが、焼くピザ職人の育成に関してはそう簡単ではないと言えるだろう。また美味しいピザを焼けるようになったとしてもピーク時間帯に効率的に焼く技術も獲得しないとビジネスとしてはオペレーションが回らなくなるため、これも他店舗展開を阻害する要因と見られる。(またこのようにして技術を体得したピザ職人は独立をする傾向がある。)色々と述べたがピザは暗黙知の世界なのである。

一方で餃子は違う。私自身、幾らか有名な店舗の餃子を食べたことがあるが感想としては餃子は変数をいかに組み合わせるのかが大事であり、これは技術というよりは店を立ち上げた当初の餃子の設計で決まると考えられる。餃子における変数とは考えられるだけでも、皮の厚み、皮の直径、皮と餡の割合、餡の肉と野菜の割合、生姜とニンニクの使用の有無、野菜の種類、肉汁を出すか否か、羽根の有無、揚げに近いのか否か、などが挙げられる。(なお肉汁は基本的には入れるラードの量によって決まる。決して肉から溢れ出ているわけではない。)これらは実際に幾つかの店舗で比較をしてみると明確に違うことが分かり、また人気店によってもかなり異なる。以前に述べた亀戸餃子であれば小ぶり、薄皮、カラッとした焼き上がり、野菜多め/肉汁少なめであるし、同じく過去のエントリで述べたダンダダン酒場の名物の餃子であれば、厚皮、中くらいのサイズ、肉汁多め、肉多め、といった具合である。恵比寿の安兵衛ならば揚げに近い焼き上がり、ニンニクなし、小ぶり、餡比率高め、といった組み合わせである。

もちろん焼き方、餡の作り方などにも一定のノウハウはあると考えられるが、それでもピザと比較するとかなりマニュアル化しやすいと見られ、アルバイトであっても餃子ならば比較的短期間でそれなりの品質のものは提供できるようになるのではないかと推測している。つまりピザと異なり暗黙知ではなく形式知の世界なのである。むしろ大事なのは店のコンセプトを考えてそれに合わせた餃子を設計することにあると見られる。例えば厚皮であったり揚げに近い餃子であったり肉汁多めの餃子であれば少量でもお腹いっぱいになるため、亀戸餃子のように餃子を主体とした店には適さない。もちもちとした大振りの餃子であれば、新橋の一味玲玲のように昼の定食の中心メニューの一つと据え置いたりする方が向いているだろう。加えてレシピ以外にも、そもそも餃子専門店にするのか、定食屋にするのか、居酒屋にするのか、カウンター主体にするのかテーブル中心にするのかといった業態やフォーマットの選択も重要である。

この考えが正しいとすると、餃子はビジネスとしてみたときには成否を決めるのは技術ではなく変数の組み合わせ次第であると言える。つまり餃子は味を含めてデザインチョイスであるという仮説が成り立つのである。実際に幾つかの餃子屋を訪れてみると中にはこの組み合わせがどう考えてもチグハグと感じられる餃子もあった。薄皮であり、表面を比較的カリッと焼いてあるにも関わらず、餡の比率が革よりも極端に小さくそれゆえに皮がしっかりと綴じず、しかし肉汁は出てくるため、食べるときにやたらと肉汁が垂れ、しかもそれがせっかく焼き上げた表面に絡み、結果的に妙にバランスの悪い餃子もあった。これはもちろん私の趣味もあるが、それでも薄皮であれば肉汁少なめ(=ラード少なめ)、厚皮であれば肉汁多め、が基本線ではあると考えられる。そしてこのデザインチョイスを間違えたら、より正確には出店地域にそれに合致する顧客ニーズが十分に存在していなければ、どんなに焼き方を努力したり、接客を向上させてもおそらくは上手くいかないだろう。

このデザインチョイスという概念は何も飲食店だけでなくより広範にビジネスを見る一つのレンズとしては持っておくべきものだと考えている。デザインチョイスはその名の通り、選択できるものであり、つまり内部環境なのである。自らの意思で選択できることはリスクがないことを意味し、それ自体は望ましいことではあるが、その分そのデザインを十分に吟味しなければならないのである。組み合わせの妙であるといえるだろう。「ストーリーとしての競争戦略」で有名な楠木氏が述べていることではあるが、スターバックスやサウスウェスト航空が、コーヒー屋や航空会社はそれ以前にも存在し何ら新しい技術を用いていないにも関わらず新しいビジネスを構築しているといえ、それはすなわちビジネスのイノベーションを起こしたといえるのである。何がイノベーティブなビジネスを起こすには技術が必要と考えられがちたが、技術を用いないイノベーションもあるのである。これは言い換えると新しいデザインチョイスをしたと見ることができる。(これは、私のような技術を持たない人間にとっては励まされる考えである。)

何かのビジネスを理解するときは、戦略変数がどれだけ存在するのかを考え、どのような組み合わせがあり得るのかには思考を張り巡らすべきだろう。戦略変数は一度選択してしまうと簡単には変更が効かないため熟考が必要なのである。そして、先ほどのピザのように選択した変数の組み合わせとしてのビジネスの実行がどれだけもまた考えるべきである。実行に暗黙知が求められるものであれば、デザインチョイスを熟考することに加えていかにうまく実行できるかに関しても工夫が必要であり、それ自体が差別化につながる。一方で餃子のように実行そのものはそこまで難しくないのであれば、それはデザインチョイスが全てでありその組み合わせが果たして勝てるものなのかの見極めが求められるのである。

デザインチョイスというレンズは頭の片隅に置いておいても損はしない概念だろう。

せっかくのnoteなので投げ銭を設定してみました。よろしければお願いします。(これ以下には特に追加文はありません。)

ここから先は

0字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?