抽象思考を鍛える本

自分で書くのもやや気が引けるが、ここ1-2年ほどで頭が良くなった実感がある。もう少し具体的には論理展開が上手くなったことがある。理由は仕事を通じた学びも大きいが、それ以外にある本を読んだことが挙げられる。また「もしも無人島に一冊だけ本を持っていくとしたら?」という問いには私は間違いなくこの本を挙げる。(私にとっては)とてつもなく難解であるとともに、そこで述べられる思想の深さは知的に面白いためにまず飽きがこないのである。この本は「意識と本質」というタイトルで、私の師匠(のような人)から紹介された本である。著者は井筒俊彦という1914年生まれ東洋哲学の研究者であり、同氏は哲学者であると同時に言語の天才でもあった。30ヵ国語以上喋れたとされる人物であり、また日本人で初めてコーランを原著から日本語訳している。

この本は一言で述べるならば、東洋哲学を本質というレンズで解説している本である。本書を読む上ではいくつかのコツがあると思っている。まず一つは(普段哲学書を読まない人間にとっては)かなり難解なのである。一行でも気を抜くと途端に文字を追っているだけで頭には全くその意味が入らない状態となる。そのため一行一行読み、伝えたい概念を自分なりに理解するというプロセスが必要となる。ただし幸いなことに哲学の知識がない私のような人間であっても丁寧に文章を読めば(分からないなりに)著者が言いたい大筋の概念はおぼろげながらが理解できるのである。世の中にはどんなに読んでもさっぱり理解できない本もあるが、本書はそうではなく歯を食いしばって読めば何とか理解できる内容ではある。そのため一度読んだだけでは全くダメであり繰り返し読む必要がある。また現実的に言えば一度でこの本を読める人は殆どいないと思われ、大半の人は最初の50ページ程度で挫折するだろう。私自身も10回くらい挑戦し、ようやく読み切った。ただ実際には最初の7回くらいは第5節(全体の1/4)くらいまでしかたどり着かなかった。しかし逆に第5節までは何回も読んだためにようやくうっすらと理解できた気がしている。(言い換えると第6節以降は数回しか読んでいないのであまり理解していない。)またこの本では本質が存在するか否か、を最初の3節で論じ、本質というものが存在すると考える三つの思想についてそれ以降の節で説明するという構造になっているため最初の3節が最も面白いと思っている。特に最初の2節は相対的には分かりやすいことから説明しているため(あくまで相対的には)素人には取っつきやすい。いずれにせよ本書はとても難しいため、理解するためには何回も読む必要があるのである。(哲学書を普段から読む人であれば違うとは思われる。)

このようにとてつもなく取っ付きにくい本ではあるが、それ故に抽象思考のトレーニングになる。文章を一文一文読み込みそこで述べられている文章から抽象概念を自分なりに想像し、理解するというプロセスが求められる。そしてそれを繰り返す行為はある種の抽象思考を鍛える思っている。実感していると言ってもいいかもしれない。またこの本が扱うテーマは言葉の定義(とその背景にある概念)であるために、言葉の定義に関する感度も大幅に上がった。

「XXXが簡単に解る」と言った触れ込みの本があるがそれらは基本的には知識であり、思考を鍛えるのは筋トレと同じようなものであり高負荷を掛けないといけないと言えるだろう。結局のところ近道はないのである。

かなり取っ付き辛い本であることは間違いないが興味のある人は是非読んでみてほしい。

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