一人メシをめぐる戦い

例によって外食産業に関する素人なりの考え。これから何回か外食に関連したエントリを書いていきたいと思う。

私は外食産業の一つの大きなテーマに「単身者世帯の夕食をめぐる戦い」というものがあると考えている。この戦いは外食産業のみに止まらず、コンビニエンスストア、惣菜チェーン、さらにはウーバーなどのモビリティプレーヤーやC2C的ネットサービスなどの種々の周辺業界を巻き込んだものになると考えている。

まずは統計を見てみよう。総務省の国勢調査によると2010年は単身者世帯の割合が32%となり夫婦と子の世帯の28%(世帯数1,900万)を抜き、最大の世帯となった節目となった年であった。これは言い換えると昭和の時代には一つの典型とされた夫が働き妻が専業主婦となり子育てと家事を行うというモデルはもはやメインストリームではなくなったのである。もちろんこの傾向は続くとみられ、総務省の予想では2040年には単身者世帯は40%にまでなると予想されている。また夫婦のみで構成される二人世帯も2010年には20%となり増えている一方で、共働きの割合も増えている。仮に一人当たりの夕食の予算を800円とすると単身者世帯の夕食需要は単純に考えて800円x365日x2000万=5.8兆円の相応に大きな市場であると言えよう。(参考までにサイゼリヤの売上高1,565億円、吉野家HDの吉野家セグメントの売上高が1,026億円である。)70-80年代に勃興したファミリーレストランという業態ももはや古くなっており、むしろ「パーソナルレストラン(パーレス)」の時代なのである。

一方でこのように単身者世帯および共働きの二人世帯が増えるとどのように夕食を賄うかは大きな問題となるのである。もちろん自炊という選択肢はある。しかし専業主婦がいれば、夕食の支度は彼女らの「主要業務」の一つであったため大きな問題とならなかったが、(大半が働いているであろう)単身者世帯と共働きの世帯が増えると働きながら自炊するというのはそれなりに負担が大きいため、別の手段に対するニーズも増えると考えるのが自然だろう。長々と書いたが要するに「働いていながら夕食を自炊するのは大変なので他の選択肢の需要が高まっている」と言いたいのである。

私自身も何年かほぼ毎日自炊をした時期があり相応に効率的にできていた自負はあるがそれでも率直な感想としてやはり手間がかかり負担が大きく(買い物→料理→後片付け、と時間がかなり食われる)また一人分の自炊だとかなりコスト意識を持たないと案外安くないと思ったのである。結局のところ時間的にもコスト的にも吉野家はもちろんのこと、大戸屋と戦うのはなかなか難儀なのである。

このような環境において多くの外食義業はこの夕食需要を取り込もうとしている。ファミリーレストランのサイゼリヤはその最たる例だろう。メニューはもちろんのこと店舗によっては明確に「一人メシ」対策をかなりここ最近行なっている。メニューでいえば小さいサイズのものを充実させ、一人客が一食で様々な料理を試すことができ、また高頻度で来店しても飽きないような工夫がされている。席もスマホ用のコンセントが設置された一人用のものが増えている。実際に店舗を訪れてみると一人客が動画などを眺めながら食事をしている姿は目につく。まさにファミレスのパーレス化である。他のファミリーレストランチェーンも今後は一人客対策をすると明言している企業も多い。

居酒屋も同様である。鳥貴族や以前に紹介したNatty Swankyのダンダダン酒場などの専門居酒屋もこの一人メシの需要を取り込もうとしている。伝統的な総合居酒屋は大人数の飲み会を想定した席配置となっていたが、新興のこのようなチェーンは二人席の一人利用などを想定した店舗フォーマットになっている。餃子とサラダと卵かけご飯とビール一杯で1,500円程度で収まれば(他にもっと安い選択肢もあるが)、日常的に使うこともできるだろう。実際にいくつかの居酒屋チェーンをTwitterなどで検索しても、数十%は一人呑み利用となっている。

これらに加えて、餃子の王将、大戸屋、吉野家、すき家といったもともと一人メシ需要を狙った業態も主要なプレーヤーとしては残り続けると思っている。

これらは外食での動きであったが個人的には一人メシの大本命はやはりコンビニ、中でもセブンイレブンだと思っている。同社の商品開発力は圧倒的であり、明らかに一人メシの需要を捉えた商品で充実している。最近ではドリアやグラタンなども小さいサイズで提供されるようになったが、これも「一食丸ごとドリアは嫌だが一品として食べたい」というニーズを捉えていると私は理解している。セブンに行けば商品を組み合わせることば3-4品の立派な夕食が出来上がるのである。そして味も良いのである。以前は「コンビニ弁当」というと不健康で美味しくない食事の代名詞となっていたが、ちょうどユニクロがユニバレの時代を経て手頃な値段だが高品質と認知されで誰もが普通に利用するブランドになったような軌道を辿っているように見える。

この他にも都市部限定ではあるがJR東日本のecute(改札内商業施設)やアトレなどは利便性が圧倒的に優れているため、帰宅時に惣菜を買うのに適している。いずれもR/F1などの定番ブランドが入店しており夕方は帰宅客で賑わっている。きんぴらゴボウやポテトサラダといったものは一人暮らしだと作ると何日分も出来上がってしまうため作りにくいため中食で買うのに適しているのである。

またUber Eatsなどのデリバリーも東京では圧倒的に充実し始めた。以前は同サービスはレストランのテイクアウト需要を取り込む、といった形になっていたが最近だとUber Eatsの利用を前提としたようなテイクアウト専門店も出ている。中には店舗名だけ変えて厨房を共通で使うといったようなレストランも出てきている。

私はこの次に出てくると思っているのは個人/セミプロが作った料理をUber Eatsを用いて提供するといった形態であると考えている。ちょうどメルカリのように個人間で料理の取引が生まれるような世界である。(今でもあるかもしれないが、これがもっと普及する形である。)

ここまでは「一人メシをめぐる戦い」に焦点を当てていたが次に少し違う視点で外食業界というものを考えていきたい。いうまでもなくヒトはものを食べないと生きていけないため外食産業というものはかなり昔から存在していた。(京都に行けば数百年前から営業している湯葉豆腐の料理屋もある。)そのため一見、普遍的なニーズが存在するため安定的な業界に見えるかもしれない。確かに胃袋そのものは増減せず、単価の上下は景気などによって多少はあるにせよ(といっても長期的には下がる方向にしか動いていないが)、個別企業や業態で見ると思いの外、栄枯盛衰が長期的には存在するのである。昔からずっと大きな外食企業というものは少なく世界的にもマクドナルドなどのファーストフードくらいだろう。これは結局のところ社会動態に大きく影響を受けるためと理解している。ベビーブーム世代の勃興、モータライゼーション、都市化、核家族化、モールの出現、共働きや単身者世帯の増加、などである。(近い将来、別のエントリで外食業界の規模に関しても少しファクトを交えながら述べていきたいと思う。)

そのため今は一人メシ需要というものが増えてきているが、また数十年もすると全く違った業態が生まれていると考えている。

ここで述べたことは基本的には仮説であるが、いずれにせよ今後、どのような企業が「一人メシ」の覇権を握るかは個人的には楽しみである。

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