戦略家としての三枝匡氏

この仕事を始めたときには将来は経営というものをやってみたい、と思っていた。そしてその理由の半分くらいは著名経営者である三枝匡氏に著書に影響を受けていた。つまりインディージョーンズを見て考古学者になりたいと言っている小学生と大して変わらない発想であった、ともいえる。実際に経営コンサルティングという外部の立場から大企業の経営の(ほんの)一部に携わった今では正直なところ経営というものはやってみたいとは全く思わなくなった。少なくとも自分にとっては経営業よりもアドバイザリー業の方があるかに性に合っていると今は思っている。

そのように自分のキャリア観はいくらか変化したが、それでも三枝匡氏の本は今でも心を熱くさせるものがある。三枝氏は通称「三枝匡四部作」とでもいうべき本を出しておりいずれもとてつもない良書である。少しでもビジネスに関心があれば同氏の本は読んでおくべきだと思っている。その中でも特に私が好きなのは処女作である「戦略プロフェッショナル」である。これは(おそらくはバクスターと住友化学の合弁会社時代の)同氏の経験を基に作られた小説仕立てのビジネス書である。物語の中ではプロダクトライフサイクルやカスタマーセグメンテーションなどのさまざまな経営コンセプトに加え、営業戦略を確実に実行するための営業手法などのツールが実践的な形で用いられており勉強になる。またジュピター拡販のために本体ではなく消耗品に着目した打ち手などはある種の論理ゲーム・推理小説を読んでいるような知的な面白さがある。

ただ表面的な経営コンセプトや経営ツールより、本書の(あるいは同氏の全ての著作の)根底に通奏低音で流れる戦略の考え方を理解することが大事であると思っている。三枝氏も結局のところは戦略の重要性を伝えたいのだと私は理解している。物語の中でいえば、粗利率の高い(=付加価値の高い)プロテック事業部に着目し、その中でも売上高は小さいプロダクトライフサイクル的にも導入期から成長期に移行しつつあったジュピターに着目し、製品スペックではなく営業に着目し、さらに営業の中でも価格政策に着目するとともに、ユーザーの絞る込みをするなど、全て経営リソースの絞り込み、言い換えると戦略が威力を発揮していると捉えることができる。ちょうどマッサージのようにピンポイントで事業に効くツボを見つけ出しそこを刺激した、といったイメージである。そもそもこの本のタイトルは「戦略プロフェッショナル」であり本書は戦略の話である。

この本はあまりに有名ではあるが、今一度、戦略という切り口を意識しながら読み返してみるといいだろう。もちろん未読の方は是非これを機会に読んでみて欲しい。

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