経営コンサルティング業界の進化

世界最古の経営コンサルティングファームは1905年に設立されたアーサー・D・リトルであるとされている。同社の創業者はMITの化学者であったリトル博士であり、創立当初は科学技術のビジネスへの活用を主眼に置かれていた模様であり、やや今日、想像される経営コンサルティングとは異なる性質であったと見られる。

現在の経営コンサルティングの基礎を作ったのは1939年に設立されたマッキンゼーであると考えられる。(正確には1926年に設立されたが、現在のカーニーなどと分離したのが1939年である。)特に同社の中興の祖であるマービン・バウアーは1940年代以降にグレイヘアコンサルティングからハーバードなどのMBAを卒業した20~30代の若手を起用したファクトベースドコンサルティングの基礎を作ったと言われており、これは2020年代に入ってもなお当てはまる。その後はBCGが1968年に考案されたPPM (Product Portfolio Matrix)に代表されるように軍事で用いられていた戦略の概念を経営に持ち込み、経営コンサルティング業界を大いに発展させた。

ここまでは有名な話であるが、筆者は過去20年間で経営コンサルティング業界で上記で述べた発展に近い変動が起きていると認識している。本項では以下で、ファクトベースドコンサルティング以降の進化に関する私見を述べたい。

日本においては2000年代は乱暴にいってしまえば1970年代くらいまでにマッキンゼーやBCGの偉人たちが築き上げた経営コンサルティングの延長線上でコンサルティングサービビスを提供していたと考えられる。1~3名程度のパートナーと20~30代の若くて優秀なマネージャーと数名のコンサルタントが1~3ヶ月程度でファクトに基づいた戦略の立案やオペレーションの改善の支援を実施するというものである。提言はファクトベースであるために、報告会のプレゼンテーションも、パートナーはプロジェクトに100%の時間を割いていないために全体的なメッセージこそはパートナーが担当するものの、詳細の説明はマネージャーやアソシエイトが中心に行い、必要に応じてパートナーがサポートするということが多かったと認識している。

このスタイルを採っているファームも多いが、経営コンサルティングが発展しているアメリカやドイツでは、あるいは日本においても大手の戦略ファームではかなり少なくなってきていると考えている。結局のところ、ファクトベースドコンサルティングは一定の訓練を積んだコンサルタントであれば出来てしまうのであり、コンサルティングサービスが普及し、祖の分析手法が知られ、また元コンサルタントがクライアント側にも所属するようになるに従って、その付加価値は低くなってしまう運命にある。もし仮に経営コンサルティングの成果物が報告会での提言であるとするならば(後述するように現代のコンサルティングは必ずしもこれらが成果物ではない)、そしてその提言を「20~30代の若者」が中心になって行っているのであれば、結局のところはその提言はそこまでの難易度はないことを意味していると捉えることができる。

ファクトベースドコンサルティングに代わって2000年代にアメリカやドイツで、そして2010年代に日本で経営コンサルティング業界のリーディングファームが生み出したのがエキスパティーズベースドコンサルティングである。これは単にファクトベースであるだけでなく、特定の業界や機能に深い知見を有するコンサルタントがそれらを基にコンサルティングを提供するものである。これらが生まれたのは経営コンサルティング業界の規模が拡大したためである。例えば前職のアメリカオフィスには商業施設の空調のエキスパートがいた。そのコンサルタントは商業施設を歩けば、空調の風の向きや空調機器の仕様などから当該施設が最適化されているかどうかが分かりコスト低減のアドバイスができるような人物であった。このようなエキスパートをファームで抱えるためには一定の規模がある必要がある。年間何件もの類似テーマでのプロジェクトがない限りはこのようなエキスパートは「社内失業」してしまうため、経営コンサルティング業界が普及していることが前提となる。そのためこれらは大手ファームの大手市場(=つまりはアメリカとドイツを中心としたヨーロッパ)でまずは生まれた。専門性に裏打ちされたエキスパティーズベースドコンサルティングでは報告会におけるプレゼンテーションはマネージャーが担当するのではなく、専門性を持ったよりシニアなパートナークラスのコンサルタントが担うことが増える。(実際、筆者が所属していた大手ファームでは2000年代と2020年代の報告会では明らかに報告会のスタイルが変わっていた。)

ところがこのエキスパティーズベースドコンサルティングもまた古くなりつつあると考えている。特にGLG、Alpha Sights、日本においてはビザスクに代表されるENS (Expert Network Service)の普及によってエキスパートへのアクセスが容易になってしまったことが挙げられる。もちろん業界経験が長いことと、業界知見に基づいたコンサルティングを提供することには大きな差があるが、それでもENSの普及によってエキスパティーズベースドコンサルティングの価値はやや落ちたと言えるだろう。

そしてその次に2010年代後半に大手ファームから生まれてきたのがパートナーシップベースドコンサルティング、あるいはエグゼキューションベースドコンサルティングとでも呼べる手法である。これは従来よりもよりクライアント企業のオペレーションに踏み込み、提言だけでなく実行を担ったコンサルティングである。特に多くの企業においてデジタルテクノロジーが経営課題となった今日においてはデジタル関連の領域において、単なる提言でなく、何らかの実行をコンサルティングファーム自身が担うスタイルのコンサルティングが増えてきた。また実行を担っているために固定的な報酬ではなく実行の結果提供された成果に連動した報酬を貰う契約のプロジェクトも増してきた。

例えば、筆者の前職のファームであれば、あるコンシューマーエレクトロニクス企業のマーケティング支援において特定地域で複数のウェブサイトを作成し、A/Bテストを行いながらマーケティングを最適化するといったプロジェクトも行われていた。あるいはある輸送機のルート最適化のためのアプリを社内のアプリ開発チームと一緒に開発をしたといった事例もあった。またある北米の通信サービスの利用者数百万人分のデータのCRM解析して、マーケティング施策を立案するといったことも行われていた。これらはいずれも従来の経営コンサルティングとは相当に性質の違ったものである。

デジタルテクノロジーとは関わらない例としては企業の変革に2-3年単位で成果報酬ベースでの支援をするといったプロジェクトも2010年代から増えてきた。これらは1-3ヶ月のプロジェクトとは異なり、クライアントとコンサルティングファームの双方がコミットする必要があり、パートナーシップに近い性質があると言えるだろう。

このように2000年代までのファクトベースドコンサルティングから2010年代以降はエキスパティーズベースドコンサルティング、そしてパートナーシップベースドコンサルティングへと経営コンサルティング業界は進化してきている。一方でこれらはいずれも規模が必要となるために、このようなコンサルティングを提供できるところは極めて限定されてくる。ファクトベースドコンサルティング時代では経営コンサルティングファームはパートナーの個人商店の集合体的な側面があり、あまり規模が利いていなかった。ところが2010年代以降は規模が必要なコンサルティングサービスを大手ファームが生み出したため、長い歴史があっても規模に劣る中堅以下のファームはこれらに対応することが論理的には難しくなってきたと考えられる。実際にそのようなファームの関係者の話を聞く限りは2000年代のファクトベースドコンサルティングからはほとんど変わらないサービスしか提供できていないところも多くあると見られる。一方で経営コンサルティングファームの手法が知られたり、クライアント企業にも元コンサルタントが所属していたり、あるいは新興の小回りの効くファームが生まれたり、あるいはフリーコンサルタントとそれらを統合したプラットフォームが普及したりすると、どうしても「伝統的な」ファクトベースドコンサルティングのスタイルの付加価値は低くなり単価も下がる運命にあると考えられる。そのために競争戦略の観点からは大手よりも規模の小さいファームは何らかの手立てを打たない限りはかなり苦しくなると考えられる。

規模の劣る中堅ファームの論理的には領域を絞ることを選択することは一つの解となると考えられる。特定の業界やテーマに絞ることで、その分野であれば大手ファームに劣らない(ないしはそれを上回る)深い知見と最適化されたソリューションを提供でき、単価を維持・向上できるはずである。(実際に製薬業界や金融業界に特化したファームなどは存在している。)またもう一つの方向性としてはこれまでとは性質の異なる企業(特にデジタル領域の企業)とパートナーシップを組み、外部のリソースを活用することで規模に裏打ちされたソリューションの幅を補うという手もある。これも実際にいくつかの中堅コンサルティングファームが掲げている方向性である。また買収も将来は上記の文脈から発生するとも筆者は考えている。過去にはモニターはデロイトに、ブーズはPwCに、カートサーモンはアクセンチュアに買収されてきたが、規模のゲームに抗えなくなったいくつかの中堅の経営コンサルティングファームが会計系のBig 4やアクセンチュアに買収されることは起きてもおかしくないのではないだろうか。

大分長くなったが、経営コンサルティングは21世紀に入ってからは急速にファクトベースドコンサルティングから進化してきており、より規模の効くゲームになってきたと言える。これらは各ファームにとっても大きな意味合いがあり、経営コンサルティングファームの経営の複雑性が高まってきたと言えるだろう。今後、更に業界が発展するかは観測していると面白いのではないかと考えている。

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