パフォーマンスマネジメント

日本の上場企業のROEは低いことで有名である。昨今は伊藤レポートなどの影響で大分、問題意識は高まってきており、またいくらかROEは改善してきたが、それでも先進国と比べて低い。ROEは純粋な事業の収益性だけでなく財務レバレッジの影響があるために、その影響を排除したROICで見てもやはり日本の収益性は低い。そして収益性が低いことは、将来の競争力を生む活動に投資をできないことを意味するのであり、それは会社の所有者である株主だけでなく会社そのものにとっても大いに問題である。

一方で日本全体としては輸出額は世界的に見ても相応な額があり、日本の製品・サービスは世界で売られているのである。自由経済において諸外国が自由意志で日本の製品・サービスを購入しているということは、輸出額が大きいということは顧客目線では魅力的であることを日本企業が提供する製品・サービスそのものには問題ないと捉えることはできるだろう。売上高が相応の規模があるのに儲かっていないということは、論理的には価格に問題があるか、コストに問題があるか、そのどちらか、あるいは両方である。

製品・サービスそのものではなく値付けあるいはコストが日本企業において総体として長期にわたって問題があるとすると、これは結局のところはその管理方法ー以降ではパフォーマンスマネジメントと表現するーに問題があると解釈するのが妥当であると考えている。ここでビジネスマネジメントとは企業のあらゆる階層において利益を最大化するための判断を下すこと、と定義する。もちろんコーポレートファイナンスの見地に立脚すると正確には本来は「利益を最大化する」のではなく「企業価値を最大化すること」であり、言い換えると「将来にわたって生み出すキャッシュフローを最大化すること」とするべきであるが、キャッシュフローベースでの管理は利益ベースでの管理に比べて実務的に負担が増える割には身入りが大きくないために利益ベースでも問題ないだろう。

それなりの年数を経営コンサルティングに従事してきた個人の経験に基づいた印象論としては、多くの日本企業において経営レベルから現場レベルまでこのパフォーマンスマネジメントが欧米企業と比べて傾向としては著しく弱いように思えるのである。(繰り返しになるがあくまでも個人の印象論である。)経営レベルでは明らかにシナジーを生まないし、また将来にわたって大きく改善することが見込めない赤字事業を長期にわたって抱え続けるような例は枚挙にいとまがなく、また部課レベルであれば、いまだに売上至上主義の場合も多く、またそもそも何が儲かる製品か理解されておらず儲からない製品に注力している事例もよく見かける。もちろん欧米企業が全て出来ているとは思わないが、やはり傾向としては明らかに違いがあり、だからこそROEやROICに大きな違いが出てきていると考えられる。

そもそもパフォーマンスマネジメントという概念は日本語で表現できないことが問題だと思っている。直訳すると「収益管理」となるが管理と書くとまるでせいぜい部課長クラスの議題であり、経営レベルのものではないと聞こえてしまう。パフォーマンスマネジメントは上述の定義の通り、あくまでも経営者から現場まで粒度は違うにせよ誰もが取り組むべきものである。パフォーマンスマネジメントの概念がないということはそれだけパフォーマンスマネジメントに価値があると認識されていないと考えることができる。これは結局のところパフォーマンスマネジメントはあくまでもマネジメントであり、研究開発、製造、営業などと異なり直接的には価値を生まないために、その価値を認識しにくいという特徴がある。管理とは「面倒なこと」「眠たいこと」「小うるさいこと」に見えてしまい、価値を認識しづらいのである。

一方でMBAの代表校であるハーバードビジネススクールは1908年に設立されていることからも示唆されるように、アメリカでは既に20世紀初頭には経営管理(Business Administration経営管理)の概念が認識されていたと言えるだろう。そして多くのグローバル企業ではMBAを経営者への登竜門と位置づけられているため、少なくとも日本企業よりは総体としては経営管理の重要性が認識されやすい環境にはあると言えるだろう。

この他にもさまざまな理由は考えられる。1990年代後半まではデットガバナンスの時代であったが、以降デットホルダーの力は弱まったもののエクイティガバナンスのプレッシャーは強まっていないことは一因としては挙げられるだろう。またいわゆる共同体精神の文化があることもあるだろう。これらともつながるが経営者や幹部が苦労をして収益性を向上しても、ほとんど金銭的に報われないこともあるだろう。さらに現象レベルの話では、ITなどがやはり欧米企業と比べて総じて発達していないために、そもそも収益が見えにくい環境になるということも挙げられるだろう。いずれにせよパフォーマンスマネジメントの概念が普及していないように思えるのである。

このパフォーマンスマネジメントにまつわる課題はかなり根深いと私は思っている。表層的には利益ベースでの業績管理を可能な限り末端まで導入することで解決できると思えてしまうかもしれないが、それだけではほとんどの場合は不十分であり、組織全体の価値観を変える必要があり、それは結局のところは経営が極めて強い意志を持って変えないとまず上手くいくことはないだろう。

このようにパフォーマンスマネジメントの底上げは日本の企業活動においては古典的であるが依然として一つの大きなテーマであると思っている。

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