亀戸餃子の売上と顧客体験

例によって趣味の飲食店に関するエントリ。

亀戸餃子という餃子屋が文字通り亀戸にある。この餃子屋は色々な意味で極端な店である。まずこの店の特徴はメニューは餃子1種類(一皿250円、5個入り)のみしかないことが挙げられる。チャーハンはもちろんないし、餃子もあくまでも1種類のみである。そしてこの店は「わんこそば方式」を用いている。具体的には注文は最低2皿はしなければならず、席に着いた瞬間飲み物を注文し、自動的に一皿目の餃子が出てくるのである。そして5個のうち3つ目くらいを食べ終わった時点で次の一皿が出てきて、残った2個の餃子が新しい皿に移され空の皿は新しい皿の下に重ねられる。そして以降は残り2個くらいになった時点で店員に追加注文の有無を聞かれ、食べた分だけ皿が重ねられていくのである。ソフトドリンクは150円、小ビールで350円のため、3皿食べてビール1杯を飲んでも1,100円程度でかなり安いのである。(ただし餃子の王将もほぼこの価格帯なので突出して安いわけではない。)

この店は亀戸駅から徒歩2分、場外馬券売り場の近くにあるという好立地なこともありかなり人気で私が以前に訪問した土曜日の11:00開店の10分前の時点ですでに行列ができており、結局入店できたのは11:20分程度であった。この店はネットで少し調べたところ基本売り切れまで開店が基本で(つまり必ず売り切れる)、週末などは1日2,400皿が売れるらしい。つまり餃子の売上だけで60万円であるのであり、そこにドリンクを加えるとおそらく日販80万円くらいは達成していると思われる。これは飲食店としては驚異的な数字である。定休日もないため30日換算で月商2,400万円、年商2.9億円となる。ざっくりした感覚として飲食店は席数にもよるが年商1億円でかなり大きいと言っていいため同店はかなりの規模になる。加えて餃子の原価は挽肉と餃子の皮とほんの少しの野菜だけであることに鑑みると、原価率もかなり低いはずである。

飲食店は一般にFL比率(Food, Labor比率)と呼ばれる指標が50-60%程度であることが一つの目安とされているが、Fに関してはかなり低いはずである。一方の人件費は店内を見渡すと餃子を焼く担当、配膳、食器洗いなどを担当している人などがおり10人くらいは居たように見える。また餃子が1日1万2,000個を作らなければならず、最近は東亜工業という会社が自動餃子包み機を出しているが、同店はこのような機会が発売されるはるか昔から営業していることを考えると、おそらく人力で包んでいると考えられ、1個3秒で包んだとしても10人時掛かるためそれなりのコストが掛かっていると考えられる。ただそれを考慮してもおそらくはFL比で50%をはるかに下回っていると考えるため、驚異的な利益が出ていると推測される。

このようにビジネスとしては凄まじい利益が出ていると見られる同店だが、例によって(以前の「とんかつ とんき」のエントリ参照)味はというとそこまででもないのである。もちろん美味しい。美味いか美味くないかでいったら文句なく美味しい。(好みにもよるが)餃子の王将や大阪王将よりもさっぱりしており飽きはこない点も魅力的である。ただ20分以上並んでまで食べたいのかというと個人的にはそこまでではないと思っている。(倍近い値段の違いがあるが以前に書いたダンダダン酒場の餃子の方が個人的には美味しいと思っている。)一方で並んででも入店したいお客は存在しているという事実がある。つまり顧客はこの店を間違いなく支持しているのである。お客は同店の何に惹かれているのだろうか?単純に味が美味しく値段が安いということももちろんあるだろうが 、結局のところ同店での体験に価値を(無意識も含めて)感じているのではないかと考えている。

この顧客体験を表すと以下のようになる。まずはそもそも同店に入店するためにはまずは行列に並ぶ必要がある。そして徐々に店員の仕切りでお客が呼ばれある種の高揚感を抱いて入店するのである。店に入ると狭い店内で餃子を頬張るお客とカウンター越しに餃子が焼かれている様が目に飛び込み、入店と同時に文字通り熱気を感じるのである。また餃子の焼く音や食器の音、更には店員の気さくにお客に注文を取ったり、それをキッチンに通す声が聞こえある種のお祭りにいるような気分になるのである。これが着席までに体験するものであり、席に座るとすぐに焼きたての餃子が出されそれを頬張るのである。

このようにある種、五感を全て刺激され夏祭りにいるような非日常的な体験を得られるのである。またこれらの体験は決して狙ったものではなく、あくまで店の歴史とともに自然に出来上がった最適解なのであり、わざとらしい演出ではなく今日ではなかなか味わうことのできない「ホンモノ」であることが本能的に解るのである。同店の価値は味や値段はもちろんあるが1日2,400皿も捌ける理由はこのようなある種の非日常的な体験にも大いに依るところがあるのではないかと考えている。

亀戸の近くを訪れる機会があったらビジネスとしても体験としてももちろん味としても一流の同店にも是非足を運んでみてもらいたい。

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