ピラミッド構造とストーリー

いわゆるロジカルシンキングはすっかりビジネスシーンにおいて定着したが、この考えの基となっているのはマッキンゼー初の女性コンサルタントであったバーバラ・ミント氏が1973年に小冊子で発表した「ピラミッド・プリンシプル」である。本冊子はその後、ロジカルシンキングの名著である「考える技術・書く技術」として出版され、今でも多く読まれている。本書はロジカルシンキングの名著とされており、本書で初めて今ではビジネスの常識となりつつある"MECE"や"So What/ Why so"などのコンセプトが発明されている。(一方で本書は言い回しが非常に分かりにくいために、ほぼ全ての人が挫折していると言っても過言ではないという特徴もある。個人的には同じくマッキンゼー出身の照屋華子氏の「ロジカル・シンキング」が最もわかりやすいと思っている。)

本書で打ち出されているピラミッド構造というコンセプトは問題解決の根幹を成し、さまざまな業務においても使える強力な思考ツールである。このピラミッド構造が特に有効なのは問題解決を下記の四段階に分けたときの②の段階であると思っている。何らかの論点を設定してもその論点を直接検証することは難しく、通常は大論点を小論点に分解するという②のプロセスが生じ、その際には必ずピラミッド構造が威力を発揮するのである。
①論点を定義する
②論点を分解する
③解を見つける
④解を伝える

一方で④のコミュニケーションに関してはピラミッド構造は必ずしも最適ではなく、過度に囚われるべきではないとも考えている。私の感覚としてはピラミッド構造が万能視されて、どんな場合でもとにかく構造化、と思われている傾向があり、その限界が語られることは少ない印象である。もちろん③の段階が解が見つかった段階で、論理構造の再構成が求められその過程ではやはりピラミッド構造が必要である。しかしこれはあくまでも「伝える中身」の話であり「伝え方」のことではない。

ピラミッド構造がコミュニケーションに向いていない本質的な理由は、前者は二次元的な性質がある一方でコミュニケーションは一次元的であるためである。ピラミッド構造が二次元的というのは上位要素と下位要素は"Why So/ So What"の関係性にあり、同一階層の要素はMECEの関係にあり二軸が存在するためである。一方で、コミュニケーション、より正確には言語を用いたコミュニケーションは一度に伝えられる情報は直列的であるため、一次元的と言えるのである。もちろん図表を用いた視覚的なコミュニケーションも場合によっては強力ではあり、それ故にコンサルティングの現場ではスライドが用いられるが、一定の複雑性を持ったコミュニケーションにおいては少なくともビジネスでは言語とロジックを用いられ、そのためにコミュニケーションは一次元的になる。

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[図1]

この一次元的な性質のあるコミュニケーションをするためにはストーリーを考える必要があると思っている。ここで述べるストーリーとは「情報を伝えるための順序」と定義する。ピラミッド構造は縦と横の関係性を考える必要があるが、コミュニケーションは直列的であるために原則としては情報の前後の関係性のみが検討事項となりこれがストーリーである [図1]。(もちろん理論上は情報の前後ではなく二つ前の情報と現在の情報の関係性を説明することも不可能ではないが、これは極めて聞き手に負担を掛ける行為であり、原則としては情報の前後のみの関係性のみを語るべきであると思っている。)

やや余談ではあるが一橋大学の楠木健教授の名著「ストーリーとしての競争戦略」に代表されるように、ここ10年くらいビジネスにおけるストーリーの重要性が語られるようになったと認識している。この理由は色々とあるとは思うが、一つの解釈として20年ほど前からMECEやピラミッド構造が普及し(例えば前述の「ロジカルシンキング」は2001年に出版されている)、普及から10年程度経った段階でコミュニケーションにおける限界が認識されるようになり、それを突破する一つの解としてストーリーが重視されるようになった、というのは成り立つのではないかと思っている。

画像2

[図2]

本題に戻る。論理がピラミッド構造により出来上がっていたとしても、その伝え方、つまりストーリーは一つではない [図2]。もちろん図2の「ストーリー1」のように上の階層から順に説明するのが原則ではある。ただ論理構造は作り手だけが存在しその中で完結するが、コミュニケーションは話し手と聞き手という二者が存在するため、より聞き手の置かれた状況に依存し複雑性が高い。コミュニケーションは文脈に左右されるのであり、論理構成は(理論上は)絶対的な解が存在するのに対して、話し手だけでは絶対的な解は存在し得ないのである。そのため聞き手の状況によってはむしろ「ストーリー2」や「ストーリー3」といった流れの方が適している場合もある。

コンサルティングにおいてもジュニアなうちは③を中心に行い、④のコミュニケーションはマネージャーやプリンシパルくらいから本格的に担当することになる。その際にマネージャーやプリンシパルに成りたての人であるとどうしてもコミュニケーションが「論理的に正しいが頭に残らない」といったことになりがちであるが、これはこれまでに述べたピラミッド構造の限界に直面しているのが本質的な理由であると思っている。聞き手の文脈を理解し、その上で柔軟にトップダウン以外のストーリー構築を考えることに時間を使っていないのである。

ここまでは論理的にピラミッド構造とストーリーを考察してきたが、これからはより現実的な観点も取り込んで述べる。少なくとも経営コンサルティングの現場では、そしておそらくはほとんどの仕事においても、③ができた段階で解をピラミッド構造に再整理してもほぼ間違いなく美しいバランスの取れたピラミッド構造にはならないと思っている。一部の枝がやたらと深くなったり、下位の階層の要素が一つしかなかったりとバランスが悪くなるのである。私自身はファームの中でもいわゆる伝統的な戦略プロジェクトが多く、数十ページの報告書を作成するプロジェクトを多く手掛けてきたが、バランスの取れたピラミッド構造ができることは少ないというのが経験上の認識である。もちろん原則としては美しい論理はバランスの取れた美しいピラミッド構造になっているし、それを目指すべきでありそれが出来ていないのは私の実力不足なのかもしれないが、解の論理構成ができた段階では過度にピラミッド構造を調整して均整を取ることには時間を取るべきではないと思っている。バランスが悪ければそれは一部の要素を検討してない可能性はあるため、そのような視点で一度批判的にはピラミッド構造を確認するべきではあるが、そこに時間を費やすよりはその先のストーリーを磨く方がはるかに重要であると私は思っている。必要以上に論理を磨くことには価値はないのである。

(必ずしもバランスが取れてないにせよ)解のピラミッド構造ができ、次にストーリー(いわゆるストーリーライン)を考える段階になると私は通常はテキストエディタでメッセージを書き、それを並び替えて聞き手を想像しながら情報の順番を並び替えるようにしている。特にメッセージの前後の関係性に最も気を使う。またその際にはメッセージだけでなく、それを支持する各種分析や事実も考慮するようにしている。このように分析も念頭に置くことでより聞き手の納得度が高まる順番が考えられるのである。このように書くと中にはプロジェクトが始まる前から仮説的なストーリーを作成しそれを検証するべきであるから、解の論理構成ができた段階でストーリーラインを作るのはボトムアップ的、より否定的に言えば行き当たりばったりであると思う人もいるかもしれない。しかし仮説は仮説でかなり外れるし、また検証前では見えてこなかったより深い考察が大抵の場合は出てくるので(むしろもし出てこなかった仮説を作った人が天才であるか、検証が浅いかのどちらかである)、検証前にストーリーラインを作成することはあまり意味がないと思っている。検証前の段階では論点をピラミッド構造で整理しそれらに対して仮説を持つべきであり、ストーリーは考えるべきではないのである。このように聞き手の文脈を踏まえながらストーリーを考えると結局のところは大まかにはトップダウン的な順番にはなりはするものの、それでも厳密なトップダウンにはならないことが多い。また図2の「ストーリー2」のようなことも多いし、関係者が多い場合はファクトから先に入った「ストーリー3」のようなタイプも有効であることが多い。

また人間には集中力に限界があることを考慮しなければならない。トップダウン的なストーリーだと論理的には正しいけれど面白くないのである。面白くなければ途中で視聴率が下がるし、記憶に残らないし、結果として行動に落とし込まれないのである。コミュニケーションにおける面白さは意外性や単純な知的な刺激のことであると私は思っている。そのためストーリーを考える際には、論理的な前後の関係性だけでなく、少し大げさに言えばドラマの演出も考慮するべきである。ストーリーの最初は聞き手にとって予想通りのメッセージを伝え、途中で意外なメッセージを伝えたり、話題を変えて変化を付けたり、といった演出を考えなければならないのである。ストーリには抑揚が必要であり、それを入れずに教科書通りにピラミッド構造を上から順番に説明したら、かなりの確率で聞き手は飽きる。

更に記憶力の限界も人間にはある。同じピラミッド構造を伝えるにせよ、順番が上手くないと記憶に残りにくいのである。そもそも一次元的なコミュニケーションを聞き、それを脳内でピラミッド構造に変換して記憶するのは通常はまず無理だと思われる。科学的な根拠があるかは不明だが、おそらく人間は直列的に聞いた言語情報は二次元的に変換して記憶するのではなく、そのまま直列的に記憶すると思っている。そしてどれだけ記憶に残るかは情報の前後の関係性の明確さと面白さではないかと思っている。理屈っぽく表現したが、要するに面白いストーリーは記憶に残るし、面白くないものはどんなに美しいピラミッド構造であっても忘れられるのである。

* * * * *

ピラミッド構造は二次元的であるが、コミュニケーションは一次元的な性質であるためストーリーが重要なのである。そしてストーリーは論理だけでなく聞き手の状況を考慮するため、一つの論理構造を伝える際には一つでの答えは存在せず、聞き手によって異なるのである。加えて人間には集中力や記憶力の制約も存在するために、ストーリーを考える際には面白さも考慮しなければならないのである。ピラミッド構造は強力なツールであることには変わりないが、コミュニケーションにおいてはその限界を認識するべきだと思っている。

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