市場シェア再考

一般に企業分析において売上高は数量×単価ではなく、市場規模×市場シェアに分解する。これは前者のアプローチは会社の内部環境のみに視点を当てているのに対して、後者のアプローチでは直接制御不能の外部環境と直接制御可能な内部環境に分解しているためにより広い見地から企業の売上高が把握できる点で優れているためである。売上高が伸びていても、その要因が市場規模が伸びていることに起因しむしろ市場シェアが落ちている場合とその逆では企業にとっての意味合いが全く異なる。

そのためコンサルティングの戦略プロジェクトやビジネスデューデリジェンスなどではまずは市場規模と市場シェアを把握する。しかしこの市場規模と市場シェアの分析はかなり奥深いものであり、かなりのインテリジェンスを練り込むべきものだと思っている。決してアソシエイトが矢野経済などのベンダーレポートをそのままパワーポイントに貼り付けて終わり、といったことはするべきではない。あるプロジェクトでは単純な市場シェアの推移の棒グラフのスライド一枚を描くのにパートナーからアソシエイトまでが2-3時間くらい議論しながら作ったこともある。

市場シェア分析の奥深さは市場をどのように定義するかに難しさがある点である。例えば市場シェアが伸びている場合であっても、個人的な感覚では大抵の場合はそれは当該企業のシェアが伸びているからではなく、正しく市場を定義できていないためであり、実際にはシェアは一定であることの方が遥かに多いと思っている。つまり市場の中のあるセグメントが伸びており対象会社はそこで一定のシェアを持っているために全体的なシェアが上がっているように見える、といったことである。

この見方は全体としては低成長ないしは衰退している市場に属する会社では特に重要である。市場全体が衰退していると、その情報「だけ」では事業立地が悪いことを意味し、その衰退のスピードが企業努力ではカバーしきれないほど早ければ、企業が取れる打ち手は限られてくる。しかし低成長市場においても、より解像度を高く見ると伸びているセグメントは存在していることも多く、また見方によっては成長セグメントと衰退セグメントでは顧客や製品・サービスの用途が全く異なっており、一見同じ製品・サービスであってももはや違う市場に属しているといった方が正しいことも多い。このような場合は一見衰退市場に見え、その中での成長セグメントを捉えることができれば、シェアは一定でも売上高を伸ばすことは可能である。

別の言い方をすると、企業が市場シェアを伸ばすことは想像以上に難しいとも表現できる。特殊な状況でない限りはそれなりに成熟している業界であれば、ビジネスの定石は確立され、知られているために、その中のプレーヤー間で大きく能力に違いがあることは少ないのである。営業、製造、開発そして経営はそれぞれ努力はしているものの、同じような能力を持った会社が同じようなことを考えて努力をすれば、全体としては大きくシェアが動くことは考えにくいのである。もちろん、優秀なリーダーによって伝統的な企業が劇的に変わり市場シェアを奪ったという例も多く、そのような可能性を否定したいわけではない。もしも市場が正しく定義できており、その中で市場シェアが大きく伸びていたら当該企業の中で何か大きな変化があったと推測するべきであろう。ただ、そのようなことは筆者の感覚では必ずしも多くはなく、市場シェアが伸びているように見える場合は、むしろ前者の可能性、つまり市場を正しく定義できていない可能性を疑うべきであると思っている。

この発想は展開すると「3番手戦略」が一つのアプローチとして成り立つ。つまりある市場においてあるセグメントが別のセグメントからシェアを奪っているとすると、成長セグメントにおいて業界3位であっても売上高成長は期待できるというものである。成長セグメントが衰退セグメントから1の顧客を奪うとき、業界3番手のプレーヤーは10回中9回は成長セグメントの上位プレーヤーに負けたとしても10回に1回は顧客を獲得することができれば成長セグメントが伸びている限りにおいては売上高の成長が期待できるのである。この場合、もちろん上位プレーヤーに近づくことは大事ではあるもののそれはけっして簡単なことではなく、それよりもむしろ成長セグメントが衰退セグメントからシェアを奪い続けられる見込みがあるか否かの方が企業分析上は重要な論点であることが多い。

あるエンジェル投資家はスタートアップ投資をする際には類似の競合がいること方が安心し、競合が誰もいない、と言う場合の方が投資に躊躇すると述べていた。競合が存在するということはそれだけ市場が存在することを意味するのである。これも発想としては会社の能力そのものよりも(もちろんそれも大事であるが)、むしろ市場の成長に賭けた投資であると言えるだろう。特にスタートアップの場合は市場そのものが伸びている場合が多く、競争に大きく勝てなかったとしても、市場さえ伸びていれば(Winner takes allの市場でない限りは)成長が見込めると考えられる。もちろんスタートアップをやっている人にとっては「市場が伸びているのではなく市場を創っているのである」と思っているだろうし、それはそれで多くの場合、正しいと思われる。それでも同じ製品やサービスが顧客のレディネスがない状況で提供しても売上高は見込めないと言う点においては、やはり市場を外部環境的に捉える視点は必要ではあるだろう。(この場合は市場というよりも潜在市場といったほうが正しいかもしれない。)

また「競合が存在しない」と言う考えも、大半の場合は間違っていると言える。国全体が成熟している社会において、大半のニーズは幾らかの不便・不満はあるにせよ基本的には何らかの形で満たされており、新たな製品・サービスはそれ自体は世の中にそれまでは存在しなかったとしても、それ以前にあった何らかの形の代替になっていると考える方がほぼ全ての場合において適切である。この場合は市場の捉え方が狭すぎるのである。

色々と書いたが市場規模×市場シェアは企業分析の基本中の基本ではあるが、これは想像以上に奥が深い。企業を正しく理解するためには相当なインテリジェンスを練り込んで市場を把握するべきであると思っている。

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