プロフェッショナリズムと問題解決の実践

本書は「プロフェッショナリズムと問題解決の実践」という題名の電子書籍であり、内容は文字通り筆者が十年以上の経営コンサルティングの実務を通じて得たプロフェッショナリズムと問題解決を実践する上で留意するべきことをまとめた内容である。プロフェッショナリズムや問題解決に関しては既に偉大な先人たちによる良書が多数出版されているが、それらをどのように実践するかに関して述べられた本は少ないという問題意識から本書を出版するに至った。文字数は約7万字で図表やページなどを含めると200ページほどの分量であり、第一章までは無料公開し、第二章から第十一章までを有料としている。なお本書はキンドルでも同様の内容が入手可能である。

第一章 はじめに

1-1. 東大生・京大生に人気のコンサルティングファーム

昨今、就職先としてコンサルティングファームが人気である。2020年6月に株式会社ワンキャリアが実施した調査によると東京大学および京都大学の大学生を対象とした調査によると最も人気のある企業上位10社のうち7社が外資系を中心とするコンサルティングファームであった。人気上位20社であっても11社がコンサルティングファームでありその人気ぶりがわかる。[図1]

画像1

[図1]

もちろん人によってコンサルティングファームを志望する理由は異なるだろうが、その理由の一つにポータブルスキルの獲得に魅力を感じていることがあると筆者は考えている。このポータブルスキルとは会社や職業が変わったとしても活用することのスキルのことである。筆者も所属する戦略コンサルティングファームで多くの新卒・中途の候補者と面接をしているが、志望動機としてこのポータブルスキルの獲得を挙げている候補者は多い。

個人的には職業選択はその職業への興味をもって選ぶべきであると考えておりポータブルスキル獲得を理由に選ぶことは得策ではないと思っているが、一方でそのような考え方をする理由も想像できる。結局のところ東大生・京大生のような優秀な学生であっても将来に対する不安を感じているのだろう。日本は90年代のバブル崩壊以降20年以上にわたって経済は停滞し名門と言われた数々の大企業は苦難に直面しており、また国際競争においても成長著しい中国に追いつかれ追い抜かれてきた。将来に目を向けても人口は減少することが予想されて明るい将来を描きにくい。そのような時代に生まれ育った大学生が不安を感じ、一つの会社に頼らなくても食べていけるポータブルスキルを身に付けたいと考えるのは自然だろう。

また実際にコンサルティングファーム出身者で活躍している人は多い。新卒でコンサルティングファームに入社して数年間働いてから会社を興し上場させた起業家も最近はかなり増えてきており、起業していないにせよ幹部として活躍しているコンサルティングファームの卒業生も多い。またプライベートエクイティファンドやエンゲージメントファンドなどの投資の分野で活躍している元コンサルタントも多くいるし、コンサルティングファーム出身の大企業の幹部も多数存在する。

もちろんこれは因果関係が逆である可能性もあり得る。つまり単純に人気企業であるコンサルティングファームに入社するような人たちは優秀であるため、コンサルティングファームを卒業してからも活躍しているという考えである。しかしもう一つの考え方としてはコンサルティングファームで働いたことがあるからこそ、その後のキャリアに活かせるスキルが身に付いたということもあるだろう。

実際に筆者の周りでコンサルティングファームを卒業して他の分野で活躍している元同僚たちに話を聞いてみると、総じてコンサルティングファームでの学びはその後のキャリアにおいても役立っているという答えが返ってくることが多い。これには自己肯定バイアスが掛かっている可能性がなくはないが、それでもこれだけ一貫して肯定的な意見が多いということはやはりコンサルティングファームでの学びは大きいと考えられる。

1-2. プロフェッショナリズムと問題解決能力

では具体的にどのようなことがコンサルティングファームで得られるのかと考えると、筆者はプロフェッショナリズムと問題解決能力の二つであると思っている。プロフェッショナリズムとは高い付加価値の成果を出し続けるための基本動作のことであり、問題解決能力とは文字通り問題を定義しそれを解決するための方法論であり、どちらも一度身に付ければコンサルティングに限らずにさまざまな状況で活かせることができるため、これらは極めてポータブルなスキルであると言えるだろう。

もちろん他の職業でもこれは得られると考えられるが、コンサルティングファームではこれらが思想に昇華されて体系立っているためコンサルティングファームで一定の年数 ―特に若いうちにー 働くとそれが比較的短期間で身に付くのだと考えている。コンサルティングファームはいわゆるプロフェッショナルファームの一つであり伝統的にプロフェッショナリズムを重視しそれを年次を問わずそれを体得し実践することが求められる。また問題解決という概念とそれの一部であるロジカルシンキング、仮説思考といった各種思考方法もマッキンゼーやボストンコンサルティンググループなどの大手戦略コンサルティングファームが中心となって提唱しそれを体系化していったし、実際に日々の業務においても常に体系だった問題解決の手法が用いられている。そのためコンサルティングファームにいるとプロフェッショナリズムと問題解決能力は身に付きやすいのである。

これは筆者自身の経験にも基づいている。筆者は新卒で大手の外資系戦略コンサルティングファームに入社し、3年ほど働いてからファームを辞めて外資系投資銀行の投資銀行部門で働き、その後フリーコンサルタントの真似事のようなことをしばらくしてからもともと新卒で入社したコンサルティングファームに出戻りのような形で再入社した経歴を持つが、最初にファームを辞める際に結局のところ新卒の3年間で自分は何を学んだのかを振り返ることがあった。そして辿り着いた答えは上述の二つであった。そして実際にその後、投資銀行部門やフリーコンサルタントとして働いてみると新卒のときに学んだプロフェッショナリズムと問題解決があったからこそ一定の貢献ができたと今でも思っている。

1-3. 実践方法はまだ十分に認知されていない

プロフェッショナリズムも問題解決もどちらもビジネスシーンにおいては言葉としてはかなり普及している印象がある。特に問題解決に関しては下記などの良書が多数出版されており、MECE(ミーシー)、イシューツリー、ピラミッド構造、So What/ Why So、仮説思考、イシューなどといった用語はコンサルタントに限らずに多くのビジネスパーソンにも知られている。

・プロフェッショナル原論;波頭亮
・ロジカルシンキング;照屋華子、岡田恵子
・問題解決の全体観 上巻・下巻;中川邦夫
・イシューからはじめよ;安宅和人
・仮説思考;内田和成
・論点思考;内田和成

これらは偉大なコンサルタントたちの著書であり[*1]出版からかなりの年数が経っているが未だに多くのビジネスパーソンに読まれていると見られる。ただ印象としてこのような良書によりプロフェッショナリズムや問題解決は言葉としては広まったものの、それをどのように実践するかについては十分に認識されていないようにも思える。例えば大論点を検証可能な粒度の小論点にツリー状に分解するイシューツリーという手法は問題解決において効果的な手法ではあるものの、不慣れな人がこれを用いるとそれを作ること自体が目的となってしまい結果的に個別課題の色彩が失われた一般的なイシューツリーができ上がってしまうことが多い。仮説思考も同様である。仮説思考は効率的に問題解決をするのに有効であるが、仮説というとどうしても大層な思考が求められているように思われて身構えてしまう人が多い印象である。しかし仮説とはその時点でのベストエフォートでの仮の答えのことであり、アカデミックの世界で用いられる仮説よりはもっと気楽なものであるし、そうあるべきである。つまり今必要なのはビジネスシーンで概念としては広まったプロフェッショナリズムと問題解決を実践方法の普及ではないのかと筆者は考えているのである。

何かのスポーツを上達したければ参考書を読むのではなくそれを実践するしかないのと同様に、プロフェッショナリズムや問題解決能力を身につけるには本質的にはそれを実践するしかない。本人なりにこれらを意識しながら試行錯誤する中でこれらが体得されるのである。結局のところランニングのタイムを縮めたければランニングをするしかないのである。ただそれらに取り組むにあたって理屈だけでなくちょっとした実践上の助言は時として大いに役立つこともある。筆者も諸先輩たちからの一言に大きな影響を受けたこともある。そのためプロフェッショナリズムと問題解決を習得するには概念を理解しあとは実践あるのみではあるものの、そのコツのようなものはもっと知られてもいいのではないかと考えている。

*1 照屋華子氏と岡田恵子氏はコンサルタントではなくコミュニケーションスペシャリストとしてマッキンゼーに在籍

1-4. 行動にこそ意味がある

詳細は第二章以降で述べるが、本書では問題解決と論点を以下のように定義している。

・問題解決とは行動を見つけることである
・論点とは行動を決めるための問いであり、必ず「べき」が含まれる

この背景には問題解決とは文字通り問題を解決することであり、そのためには行動を伴う必要があるという考え方がある。素晴らしい解決策を見つけたところで行動を起こさなければ問題は解決されないのである。行動にこそ価値があるという考えは筆者のプロフェッショナルとしての根底にある価値観の一つでもあり、これはビジネスにおけるあらゆる営みに共通する考え方だと思っている。問題解決においてもその概念が知れ渡ったことは素晴らしいことだが、単にそれが知られるだけでなく実践されなければならないと考えている。そのため本書では単にプロフェッショナリズムや問題解決の考え方を述べるのではなく、具体的な行動につながる内容を意識的に増やしており、「ベき」という単語が多く含まれている。理由は「べき」という単語は行動に結びつくためである。また第二章以降は章の最後に各章のまとめを入れており、その中には必ず「べき」という単語が含まれている。これも結局のところ本書を読んでどのような行動を起こすべきかという問いに対するヒントになることを願ってのことである。

1-5. 問題解決に関しては一定の域に到達

筆者は30歳で新卒入社した外資系戦略コンサルティングファームにアソシエイトとして再入社しその5年後に35歳でパートナーに昇進した。パートナーとは共同経営者と訳されコンサルティングファームの株式を保有する立場でありパートナーシップの形態を採るプロフェッショナルファームにおいては一つの到達点とされており、このパートナーに35歳で昇進するのは最速ではないものの年齢的にも期間的にも割と早い方ではあった。比較的短い期間で昇進できた理由には運の要素も大きいと思っているが筆者の場合は戦略やコーポレートファイナンスに関する知見とその根底にある問題解決能力が評価されたと考えているし、これらの知見や能力を獲得した背景には新卒時代に得られたプロフェッショナリズムがあると思っている。

またパートナーになってからもこれまでのところ問題解決能力に関しては高い評価を得ている。パートナーになるといくつかの役割があるが、特に最初の数年は個別コンサルティングプロジェクトの最終責任者として品質を担保し、一般的に数千万、数億円とされる決して安くはないフィーに見合う成果をクライアントに届けることが求められる。そして最終責任者として品質担保をするにはいくつかの能力が求められるがその基本には高い問題解決能力が必要であるため、問題解決に関しては一定の域に到達したという自負はある。もちろん真の意味でのコンサルタントとしてのキャリアはパートナーになってようやくスタートラインに立ったといえ決して「アガった」訳ではない。そのためコンサルティングに関しては筆者はあまり語れる立場にあると思ってはないが、問題解決とプロフェッショナリズムに関しては多少のコツのようなものは述べる資格はあると思っている。

1-6. 本書について

本書はこれまでに述べた通り筆者が経営コンサルタントとして日頃から意識しているプロフェッショナリズムと問題解決の実践方法についてまとめたものである。既に多くの良書はあるのでそれらとの重複は極力避けて明日からでも行動に落とし込める実践的なものを述べている。これは筆者が十年以上にわたって経営コンサルティングの現場で体得した考えを言語化したものであり実践という面で他書ではなかなか書かれていないものであると自負している。より正確にはこれだけ良書がある以上は一部の考えは述べられているとは思うが、これをプロフェッショナリズムと問題解決の実践というコンセプトを基に一冊の本にまとめたものは少なくとも筆者の知る限りはないと思っている。

筆者は文章やメモを書くのが比較的好きであり所属するコンサルティングファームにおいてもこれまでに節目ごとに若い同僚たちに向けた問題解決やプロフェッショナリズムなどのアドバイスをまとめたメモを書き一緒に働いたチームメンバーに参考資料として共有してきた。また趣味で数年前から「経営コンサルティングの現場から」というコンセプトでブログを書いており、中にはプロフェッショナリズムや問題解決についても述べてきた。本書はそれらを一度、棚卸しをしていくらか体系化したものである。もちろん過去のブログやメモに書いたものだけでなく本書オリジナルの内容も多い。本書の第二章から第七章までは第一部とし問題解決の実践について述べ、第八章から第十章までは第二部としプロフェッショナリズムの実践について解説していく。本書を通じてビジネスパーソンに何らかの気付きを提供し、ひいては我が国の発展にほんの僅かでも貢献できたら望外の幸せである。

本書の読者は少なくとも一、二冊は問題解決やプロフェッショナリズムに関する本を読んでいることを想定しているが、必ずしも読んでいなくても分かるようにしている。MECEやイシューツリーといった概念は紹介するが本書はあくまでも実践に力点をおいているために、概念そのものの理解を深めたいと思ったら他の本を参照してもらいたい。

なお本書で述べられていることは全て筆者個人の意見であり、所属する組織を代表するものではない。

本書はnoteの有料記事の形で出版しているが同様の内容がキンドルでも入手可能である。


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