選択に関して

「戦略とは捨てることである」という表現をたまに見かける。筆者は戦略とは基本的には「どこで戦うべきか?」と「どうやって戦うべきか?」の二点を決めることだと考えているために、この表現は前者を示しているだけであり、やや片手落ちの感があると思っている。ただ、何かを選択するとき何をしてているのかを明確化することは極めて重要であると考えている。より大胆に表現すれば「何を捨てているのかが不明な選択は選択ではない」と言える。もしも何を捨てているかが明らかでなく、あるいは明らかであるがそれは捨てるべきものであることが自明であれば、それは選択とは呼べないのである。これは一見当たり前に聞こえるかもしれないが、案外、捨てているものが明らかでないステートメントは多く存在する。

例えば「当社は顧客を第一にします」といった表現を会社の行動規範などでたまに見かけるが、これは決して優れたステートメントではない。このステートメントで捨てているものは強いて挙げるならば会社の利益や企業価値かもしれないが、今の時代に「会社の利益を第一にする」と掲げるナイーブな企業は皆無だろう。つまり捨てているものが明確でないために、行動にも結びつかない。

逆に筆者が面白いと思ったステートメントとして以前のヤフージャパンが掲げていた「ユーザーファースト」「スマホファースト」である。ヤフーのような広告事業を営んでいる会社の場合は、同社のサービスにはユーザーとカスタマー(クライアント)の二種類が存在する。ユーザーとはサービスを利用する人であり、お金を落とす人ではなく広告を見てもらう対象である一方で、カスタマーは広告主であり、お金を落とす人である。つまり同社の「ユーザーファースト」というステートメントは敢えてお金を落とすカスタマーではなくユーザーを優先するという判断を示しているものであり、まずはカスタマーではなくユーザーに満足してもらうサービスを提供しようという行動指針を示している。これは(その方向性が正しいかはともかく)選択という視点では、何を捨てているかが明確で優れたステートメントであると言えるだろう。「スマホファースト」も同様であり、サービスを作るときは、同社が元々得意であったPCではなく新たに伸びていたスマホを優先するという指針を表している

以前のエントリで書いた通り当社はトップノッチのプロフェッショナルしか採用しないと決めている。これも「優秀な人を採用する」という表現だけでは自明のように映るかもしれないが、それによって成長を捨てるという選択をしている。つまりトップノッチのプロフェッショナルは簡単には採用できないため、自ずと成長は犠牲になる。(また強いてあげるなら、人件費も犠牲になる。)逆にあるコンサルティング会社では人材の質は重視せずにむしろサービスを定型化し誰でもデリバリーできる体制を構築し、積極的に人材を採用することで高い利益成長を実現している例も存在する。

別の事例としてはサービス業における接客もある。一つの選択肢としては「手厚いサービスを提供する」というものがあり、その対になる考え方は「スピード重視のサービスを提供する」ことになる。一般に手厚いサービスを提供すれば単価や利益率は上がるが、一方で回転率は下がり、また人件費が向上する一方、スピードを重視すればその逆が起きる。実際にいくつかの店舗型ビジネスでは極端にスピードを重視したり、あるいはサービスを重視する戦略を採って成功している企業も存在する。

ここで強調したいことは良い戦略、あるいは選択肢とは「捨てるもの」を明らかになっているだけでなく、対象を捨てるべきことが自明「でない」ことが重要である。もしも捨てる対象を捨てることが自明であれば、それは当たり前のように実施すればいいだけであり、なんの検討も必要ない。しかし上述の例では「ユーザーかカスタマーか?」「人材の質か成長か」「サービスかスピードか?」という選択肢はどちらが正しいかが自明でない。つまりこれは良し悪しの問題ではなく、ニュートラルな一つの判断であり、どちらの選択肢もあり得るのである。戦略であればその選択に合せて一貫性のあるオペレーションを構築することでどちらの選択肢でも最終的な利益創出は可能であることは多く、大事なのは一貫性である。

優れた戦略的判断はこれまで捨てるかどうかを決めていたかったものを、ある種、大胆に捨てることになるために、放っておくと思わず捨てるものも現場で「拾って」しまうことをしてしまいがちである。例えばいくらスマホファーストを掲げても、これまではむしろPCの方が大事であったため、現場では何らかのサービスを開発をするときにスマホとPCのサービスを同時に開発してしまいがちであるが、この場合は大胆にスマホにリソースを振ることが求められる。スピードを重視するという判断をするならば、「丁寧な接客」をした従業員は評価されるべきではないのである。このように優れた戦略的判断においては「一見捨てるべきか不明であったもの」を捨てているために、それをオペレーションに落とし込む際には案外、一貫性を担保することが難しいのである。

優れた戦略的判断をするためには①何を捨てているのかを明らかにする、②捨てる対象が捨てるべきことが自明「でない」ことを確認する、③その選択に一貫性を担保するためのよりオペレーショナルな判断を明確にする、ことが必要であると考えている。判断するにあたってはこのような視点を持つべきではないだろうか。

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