高級時計は「ボッタクリ」なのか?

今日は時計産業の大半は数十万円を超える高級時計で構成されている。世界の時計産業の中心であるスイスの輸出統計を見ると、本数ベースでは500スイスフラン(約5.5万円)以下の時計が輸出本数の75%を占めるが、金額ベースで見るとこれらの時計は全体のわずか10%に過ぎない [図1]。そして輸出本数では8%に過ぎない3,000スイスフラン(約35万円)以上の時計が金額ベースでは全体の69%を占めるのである。更に500~3,000スイスフラン(約5.5~35万円)の時計も含めると全体の90%を占める。これらは輸出額ベースでの単価であるため、ここに小売のマージンを乗せた小売単価ベースに換算すると、時計産業は金額ベースでは事実上10万円以上の時計であるといっても過言ではないのである。

画像1

[図1]

スイス時計を産業として捉えると輸出額は200億スイスフラン(約2.3兆円)でありそれなりの規模の産業であるといえるが、この業界は果たして儲かるのだろうか?この問いは消費者目線では時計は「ボッタクリであるのか?」と言い換えることもできる。(なお必ずしも「利益率が高い=ボッタクリ」である訳ではないが、プロレス的な分かりやすさのためにこのような表現をしている。)この問いを数字を基にして考察してみたい。

結論から述べると高級時計はべらぼうに利益率が高いわけではなく、消費者目線では良心的な製品であることが分かる [図2]。まずは主要なラグジュアリーブランド9社の2019年度の営業利益率を見てみるとエルメスとグッチを所有するケリングの営業利益率の高さが目立つ。オメガやブレゲなどを傘下に抱え時計専業のスウォッチグループの営業利益率は12%と他のラグジュアリーブランドと比べても、また絶対額としても高いとは言えない。またヴァシュロン・コンスタンタン、パネライ、ランゲ&ゾーネなどを抱えるリシュモンの時計部門の利益率やウブロ、タグ・ホイヤーなどを保有するLVMHの時計部・宝石部門もスウォッチグループとほぼ同じ水準である。またLVMHとリシュモンの部門別の営業利益率を比較しても時計部門は高いとは言えない。平たく言えば時計よりも服や鞄の方が儲かるのである。

画像2

[図2]

営業利益率は材料や時計の組み立てといった原価に加えて広告宣伝費などの販売に関わるコストも含まれているため、それを分けてみるとどのように見えるだろうか。スウォッチグループは珍しく売上総利益を開示していないため一部推察が入るが100万円の時計のうち20万円が材料、18万円が組み立てなどの人件費、14万円が販売関連の人件費、31万円がその他営業費用(その多くが広告宣伝費と推察される)であり、最終的に12万円がスウォッチグループの利益となる。売上原価率は32%、販売管理費は56%と推測されるのである [図3]。売上総利益率を主要ラグジュアリーブランドと比較するとやはり中庸であり少なくとも高い水準とはいえない [図4]。

画像3

[図3]

画像4

[図4]

もちろん100万円の時計のうち実際の製造にかかるコストは38万円に過ぎずに残りは流通や広告宣伝費に消えていると考えると高いと感じる人もいるかもしれないし、これは価値観次第であろう。しかし銀座などの一等地の落ち着いた雰囲気のブティックで販売員とプロフェッショナルな接客を受けながら購入する体験やきめ細かなアフターサービスから得られる安心感などを考慮すると個人的にはボッタクリであるとは思えないのである。

このように高級時計の利益やコスト構造を見ると、その価格にも納得できるのではないだろうか。

(もし気に入って頂けたら投げ銭をお願いします。)

ここから先は

0字

¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?