ビジネスモデルイノベーション

イノベーションとは新たな技術によって引き起こされるものであると思われることが多い。確かに近年のデジタルテクノロジーの進歩によって世界は様変わりをしており、これは技術によって生み出されたイノベーションの典型である。しかしイノベーションは必ずしも技術的な革新によってのみ引き起こされるものではなく、新たなビジネスモデルの創造に牽引されることもある。

一つの例としてスターバックスが挙げられる。スターバックスは1971年に「サードプレイス」というコンセプトの元にシアトルで生まれたコーヒーチェーンであり、日本においても90年代以降に急激に普及し、また類似の業態のコーヒーチェーンも多く存在している。「スタバ前」と「スタバ後」の世界ではコーヒーチェーン業界は様変わりしており、また「スタバのカップを持って出勤する」といったライフスタイルも生み出しており、これは一つのイノベーションであったと言える。

ではこれらが技術的な革新によって引き起こされたかと考えると、その答えは否であろう。「スタバ前」であってもエスプレッソマシンは存在していたし、紙コップにプラスチックの蓋をするスタイルも技術的には誰だってできたはずである。このように技術的な新規性がないにも関わらず生まれたビジネスの世界におけるイノベーションはビジネスモデルイノベーションと呼ぶことができる。

このビジネスモデルイノベーションは戦略変数の組み合わせに新規性があり、それがイノベーションの源泉となっている。筆者の理解では、スターバックスの場合は、サードプレイスのコンセプトの元に心地よい空間を提供するためにソファ席やカウンター席、テーブル席など多様な形態の席を設けたこと(そしてそれは坪効率などの観点からは必ずしも効率的ではないことを意味する)、顧客体験向上のために店員の教育を従来のコーヒーチェーンよりも力を入れたこと、自社が目指している顧客体験を実現するためによりコントロールの効く直営店を主体に最初は出店したこと、看板メニューをコーヒー系飲料ではなくラテ系飲料を中心にしたこと、などが挙げられる。

筆者の経験上、比較的安定している成熟産業において市場を大きく上回る成長を実現している会社はスターバックスほど劇的でないにせよ、多かれ少なかれビジネスイノベーションを起こしている。成熟産業において競合と同じことをしていればシェアを奪って売上高を伸ばすことは難しく、また技術的な差別化も簡単でないことが多い。営業のオペレーションが優れていることも理論上は有り得るが、オペレーションによる差別化にも限界があり、またそもそも成熟産業においてはシェアは平衡状態にありオペレーションの巧拙は既にシェアの多寡に反映されていることが通常である。オペレーションの巧さによって高いシェアは実現できるかもしれないが、そこから更にシェアが上がることは難しいのである。そのような環境において大きな成長を遂げている会社は、多くの場合、戦略変数の組み合わせの妙を発見することでビジネスモデルイノベーションを起こしているのである。

眼鏡の小売においてはJINS、Zoff、Owndaysがスリープライスで、路面店ではなくショッピングセンター主体で、SPA方式の業態を開発し、それらが昔ながらの「街の眼鏡屋さん」を置き換えていると言える。また美容室・床屋の業界においてはQB HOUSEが髪を切る以外の作業を極限まで削ることで低価格を実現した千円カットの業態を開発し、更に最近では美容師を正社員ではなく業務委託方式にすることで非稼働時間のコストをなくすことで低価格を実現した業務委託型の美容室が伸びている。眼鏡屋にせよ美容室にせよ100年以上前から存在しているであろう成熟した業界においてもビジネスモデルイノベーションを起こせば成長を実現できることをこれらの事例は示唆している。

イノベーションとは決して技術によるものだけとは限らず、ビジネスモデルの新規性によっても生み出すことはできるのである。

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