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1.君に見る夢

「あなたと合体したい……」

サークルのボックスで唐突にカヤコは言った。
カヤコが唐突なのは今にはじまったわけではないから
僕は黙って部屋に鍵をかけ、
着ていた自分のTシャツに手をかけた。

「違う。そうじゃなくて」

すでに半分脱ぎかけていた僕の顔の前に
カヤコは手のひらを突き出した。
だらりとおろしたほうの手には
アニメのDVDが握られていた。

やれやれと首をすくめるポースをとってTシャツを着直すと、
カヤコは僕の胸ぐらをつかみ、

「ということでパイロットはあーたし」

というやいなや
僕の口をひっつかみ、上下にがばっと広げて
そのままするりと中に入ってしまった。

部屋がしんとしずまる。

やれやれ。
僕は二度目のため息をついた。

「コックピットに着いたわ」

しばらくして給湯室でカップラーメンにお湯を入れていると
僕の目の位置よりカヤコの声が聞こえた。
カヤコが唐突なのはいつものことだから、僕は気にしなかった。

「あたしはタカノリと合体した、どうぞ」
「……どーぞ」
「あたしはタカノリを操縦している。これから命令を送る。ラーメンを食べて、どうぞ」
「……どうも」

僕がラーメンをすすると
カヤコはうれしそうに笑った。

「あたし、合体してる……」

カヤコが幸せなら、僕はそれでうれしかった。

計算違いだったのは、
今回のカヤコは本気だったってことだ。

すぐに飽きて出てくるだろうと思っていたのだが
あれから半年経っても依然、僕の頭の中にカヤコは住んでいた。
僕はカヤコを愛していたから、そんな日々も幸せだった。

しかし、日常は思いがけないことで変化する。
きっかけはサークルに新人が入ってきたことだった。
19歳の麗しき女子、猫田さんは
栗毛色の長髪に切れ長の目で、透き通るような肌を持ち
猫田さんが目の前を通るたびにいい香りと、胸の高鳴りを僕に残した。
僕はカヤコ以外に浮ついた気持ちを持ってしまったのだ。

これではダメだと思った僕は、とうとうカヤコに懇願した。

「カヤコ。出てきてくれ」
「いやよ。あたしはタカノリの一部になるの」
「でも僕は猫田さんを好きになってしまう」
カヤコは一瞬詰まったのち、
「そう……」
と悲しそうにいった。

とうとうカヤコが僕の願いを聞き入れることはなかった。

その後、猫田さんに告白して
めでたく付き合うことになった。

友人たちは、僕と猫田さんを祝福してくれた。

「タカノリがまともに戻ってくれてよかった」
「今年になってから独り言が多くなって、みんな心配してたんだぜ」
「やっぱり恋を忘れるには新しい恋だよな」

みんなカヤコについて僕になにも聞かなかった。
カヤコもみんなの声が届いていたはずなのに、なにもしゃべらない。
僕は罪悪感でカヤコに話しかけられず、そのままカヤコを忘れることにした。

カヤコが再び話しかけてきたのは、猫田さんと別れた日だった。

「タカノリ、また泣いてる」

ふられて胸が張り裂け満身創痍になり、
堤防の縁で膝を抱え、ひとり泣いている僕への第一声がそれだった。
一瞬誰かわからず、僕はまわりを見渡し、
やっとそれが頭のなかで聞こえていたことに気づいた。

「半年経ったらあたしのこと忘れちゃった?」
「いつも唐突だな。……僕はもうダメだカヤコ」
「思い出すね、あたしたちが出会ったときのこと」

カヤコと出会ったのは1年の終わり。
大学内の違う学部の女の子に告白してふられ、
学食のホールで泣いていた僕に声をかけてくれたのがカヤコだった。
そして僕たちはその日中に付き合うことになったんだ。

「今回も死にたいと思ったんだ」
「……どうだろう」
「別にどっちでもいいよ」

カヤコは僕に立ち上がるように命令した。
僕は抱えていた膝を放した。

「でも、あたしはあの子たちみたいにタカノリを裏切らない。人間、死ぬときはひとりだっていうけれど、そんなことない。今だって、死ぬときだって一緒だよ」
「君を裏切ったのに、どうして」

目前に広がる川には大きな夕日が映り込み、どぶの上を不安定にゆらめいた。
カヤコは慣れた手つきで、僕の頭の中で二本のバーを握ると
穏やかに前方に倒した。

「いいの。わかってるのよ、あなたのことは、全部。だって、愛しているんだから」

片足がゆっくりと前に出る。
僕は目をつむって思想した。
そうだ、いつだって僕はひとりじゃなか

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