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釜炒り茶について

先行販売した「香り釜茶 三光鳥」に引き続きまして、先日「香り釜茶 山翡翠 在来」と「香り釜茶 山翡翠 ふじみどり」を発売しました。

釜炒り茶との出会いは先の記事

でも書いた様に、台湾の講師の方との出会いからでした。

当時勤めていた荒茶工場の処理量一日10トンからすれば相当少ない生葉量、自分達は最大で一日100キロくらい、これは無理筋で次第に50〜60キロでしたが、午後収穫した後に一晩掛けて萎凋し翌朝釜炒りに入る。
始めた当初はこのプロセスが面白くてたまらかったです。
釜炒り機の在る町の施設を借りては、仮眠をしつつですが殆ど一晩生葉に付いて、少しずつ変化していく様を実感するのが楽しみでした。
一日で60キロ前後収穫し、一度に大体12キロ前後を炒っていく。そうなると萎凋以外の製造段階だけで8時間ほど掛かります。
製造完了後直ぐに収穫に行き、再び萎凋を始める。
そんな事を一週間くらいやっていた時もありました。
短時間ずつ仮眠しているだけですので、若いから出来たのだと思います。

しかし、町の施設を借りる形態では自分達が採りたいタイミングで生葉を収穫し製造出来るとは限りません。
むしろ皆さん施設を借りたい時は同じ。しかも釜炒りのみならず他の作業もそこで行いますので、中々自由が効かない。
自ずと「自製工場を構える」という事を考えざるを得ない訳です。

そんな時に、本当にひょんな事から出会ったのが、当苑で今現在使用中の「金子式釜炒り機」です。

こちらが殺青(一番最初の酵素失活を図る工程)釜
こちらが仕上げ炒りをする釜
葉を持ち上げるサライ手の形状、運用する温度や回転数が異なります。

九州(熊本か?)にかつて存在したメーカーの物で、今現在でも連続式の釜炒り機で炒った物を仕上げる工程では、そこそこの台数が使われているケースがまだまだ在る様です。
しかし自分が調べた範囲では殺青で使っている方は釜炒り茶の本場九州でも熊本の一軒のみ。むしろ静岡では私共を含めて二軒は確実に、あと二人程は所有を確認出来ています。
写真の様に半球状の釜で、下に熱源が有ります。
生葉を均一に炒れる様焦がさぬ様に葉サライが回転して炒っていきます。

本場の熊本や宮崎五ヶ瀬町では連続流動式の釜炒り機で作る釜炒り茶が多い様ですが、今現在静岡等で少しずつ増えている釜炒り茶は、ドラム缶を横倒しした様な形状で一度ずつ殺青する釜炒り機のタイプが多いかと思います。
私共が借りていた町の施設の物もそうです。

ドラム型釜。
初代の勇姿ですw

こちらは円筒の釜全体が回転します。
中には桟がついており、生葉を攪拌反転していきます。
という訳で、一応私は両方の機械炒りを体験しています(流動式連続式は未だ見た事すらございませんが)。
ご覧の通り両者は形態が全く異なります。

ズバリ、どちらが良いか?
…何と言えば良いですかね。少なくても、比較的容易と言うか均一と言うか再現性が高いというか、はドラムタイプだと思います。
ドラム釜は円筒の釜全体を同じ温度に出来ます。筒全体が回り、直線状にバーナーが配置されています。ですのでどの葉も同じ温度になりやすいでしょう。
対して金子式半球釜はその形状から、球の最底面が最も熱源に近く、そこから離れるに従い熱源からも離れる=温度も当然下がります。
それでもなるべく均一温まる様にレンガやコンクリート、漆喰で周囲を覆っていますが、形状故の特性を覆すには至らない。
と言うか、むしろ手炒りも含めてですが半球釜で均一に、と言う方が私の知る範囲ではいませんでした。皆さん「そんなもんだから」という感じの様な気がします。

また、ドラム釜は円筒形の前後を覆ったり送気排気する事で湿度の調整が容易です。
湿度?とお思いでしょうか。実のところ釜炒り茶でも殺青に於いては湿度というか蒸気が重要です。
生葉自身が持つ水分を釜肌で温める事によって蒸気が発生します。
この蒸気こそが、生葉をしっかりと酵素失活させるに至らしむる最大の要素です。自分から出た蒸気で殺青しちゃうんですね。これを炒り蒸しと呼びます。
そもそも密閉に近いドラム型。場合によっては前側に蓋をし、場合によっては後方から蒸気を引き抜き新鮮な空気を導入出来る。この様に調湿が容易です。
対して金子釜ですが、葉温が十分に上がって蒸気が発生次第ビニールのカバーを掛けます。それによって蒸らす訳です。
ですので、もちろんしっかりと炒り蒸しは出来ます。
ただ、基本的にカバーをするか取るかのみ。私の場合は我流で団扇で仰いで調湿したりしますが、調整のし易さはドラム釜の方に軍配が上がると思います。

以上の様に、一応両者使った上での私の意見としては、ドラム釜の方が「楽」と言って良いのか…
もちろん追及し質を求めていけば大変難しいものです。
ただ、調整のし易さや再現性は間違いなくドラム釜かと思います。
あと、ドラム釜は知っている範囲では5〜20キロタイプが有る様です。連続式はさておき、回分式としては比較的生産性が高いのです。何しろウチの金子は一回生葉5〜6キロ、一回り大きい知り合いの物も6〜7キロ前後らしいので。
これは中々大きい要素です。一回5キロだと製品で1キロ。大変少量なのはご想像がつくかと思います。
量産とは言わないまでも、製品として成り立つ様にしていく為には有る程度は作らなければなりません。

そんな金子式半球釜炒り機ですが、私共はなぜ用いているのか。
正直なところ、「入手出来たのがコレ」だったのも事実です。
釜炒り機って中々その辺に無いんです。最近でこそ国内メーカーも販売始めましたがびっくりのお値段。それまでは特注か輸入品でした。
そもそも持っている方や使っている方も少なく、主力製品は蒸しの当苑にとってはバリエーションの一つで有る製法の釜炒り設備にそこまで資金注力出来なかったのも事実です。
そんな折に、偶々ごく近所で入手出来ました。まさか、金子釜が近所に有るとは想像もしませんでした。今では運命だと信じています。

では今もって仕方なく使っているか。もちろんそうではありません。
特性や運用が大きく違う両者。当然出来る物も違いが生じます。
何と言うべきか…だいぶ違うんです(笑)。飲み比べて頂ければ分かると思いますが。
あくまで上手く製造出来れば、という大前提の上ですが、金子釜で炒ったお茶にはドラム釜のそれには無い香味が有る気がするのです。中々それが難しいのですが。
あくまで私共の使い方ですが、ドラム釜は萎凋した葉だとおよそ釜肌250℃前後、炒り蒸しの為に蓋をして4〜5分、その後生葉の水分量を減らす工程が5〜10分。初回の炒りが大体9〜13分くらいだったかな?
今、金子釜では底面400℃、生葉を投入して温める事3〜4分、カバーを大体5分くらいです。煮えない様に、でもしっかり蒸される様に、と考えてやってきてそうなりました。
カバーを取って、あくまで自分のやり方ですが、団扇で仰ぎ蒸気を排除します。青臭さを抜くのとその後葉温を保つ意味です。葉が少し割れるくらいまで乾かすのにおよそ10分程の計20分前後でやっております。
この様に大きく異なる運用方法。当然物も変わってくるでしょう。
分厚い鋳鉄の釜で、手炒り釜そのままに発展したかの様な金子式釜炒り機。その独特の香味はドラム釜に無いと信じています。

正直なところ、去年まで上手く使いこなせていませんでした。何度やっても上手く酵素失活出来ず青臭さが目立つ豆の様な香りに。もしくは焦げてしまう。
温度や時間を色々と試しましたが失敗ばかりでした。ノイローゼになりつつ全体の三分の二程は廃棄して、残りを不本意ながら売り出す、という感じでした。
それが今年、幾つか運用を変えましたがバーナー位置の調整やカバーをした際等細部を詰める事によってかなり安定して作れる様になりました。ようやく金子釜を少しは使える様になってきたのです。
もちろんまだまだな点ばかりですが、既に来年に向けてブラッシュアップした部分もあります。少しずつですが進歩し続けたいと思います。
金子釜はスイートスポットが狭いが、ハマるととても良いというか面白いというか独自というか。そういう物が出来る。そんな気がします。もちろんドラム釜も上手く使えるか、それによってどんな物が出来るかは使用者とその時次第ですが。
どちらが良いか悪いかではなく、もちろん好き好きの上ですがどちらも持つ特性を互いに楽しんで頂ければ幸いだと思っています。

現在、静岡県内やその他の比較的釜炒り文化の薄い地区でも、釜炒り茶の生産者が少しずつですが増えてきました。
かつては生産性が悪いという事で淘汰されてきた釜炒り茶ですが、画一的で均質化されてしまった茶に、再び多様な味わい、つまり価値観を提供するべく広まりを見せているのだと思います。
この流れを止めてはいけないと考えています。この先にこそ、多種多様で飲む方一人一人によりフィットするお茶が見つかる。そういう世界が待っていると信じています。

どうか皆様も、色々な作り手の釜炒り茶を、いえ、製法や作り手に限らないで様々なお茶を手に取って下さい。それこそが、今後茶の世界がバラエティに富んだものになるか否かの分岐となると思います。
その中に、時折当苑の物が有れば。
一人の茶農家として、これ以上の幸せはありません。

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