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【VOICE】Vol.49 大﨑 淳矢

もっと得点にこだわっていきたい

昨シーズン、J1で初優勝を果たしたサンフレッチェ広島からヴォルティスに期限付き移籍した大﨑選手。
シュートまで持っていける突破力が一番の強みで、今シーズンのヴォルティスではシャドーのポジションでの得点に絡む活躍を期待されている。

ユースに入った時、
“プロにしかならない”と決めた

大﨑選手は小学校の時から地元・富山北FCで本格的にサッカーを始めた。富山市内の公立中学に通っていた中学3年生の時、U-15日本代表に。その後、サンフレッチェ広島ユースにスカウトされたことが、選手としての大きな転機となった。
「全国高校サッカー選手権に憧れがあったので、自分としては地元にある強豪校に入学できればと考えていたんです。広島に誘ってもらった時、行きたいと思う一方で、行ったら富山には帰って来られないような気がして不安もありました。両親もわざわざ遠くに行かなくてもいいと反対していましたし、あの時はギリギリまで悩みましたね。
でも、最後は自分で『広島に行く』と決断したんです。実はその返事をした後に、地元の高校からも推薦の話がありましたが、その時は広島でプレーすることを決めていました」

高校進学の準備を考慮して、中学3年生の3学期に広島県内の中学校に転校。そしてサンフレッチェ広島ユースに加入する。
「ユースでは練習、学校、寮だけという生活になりました。特にユースの寮は厳しくて、門限は夜6時半。携帯電話も夜10時に回収になるので、毎晩11時前には寝ていましたね。まさにサッカー漬けで、遊んだ記憶はありません。でも“ゴリさん”と呼んでいた、ユースの森山佳郎監督(現・広島強化部コーチ兼U-15日本代表コーチ)をはじめ、寮長など、たくさんの人に恵まれたおかげで、知らない土地でもサッカーに集中することができました。
ユースではまわりの選手がみんなうまかったし、先輩たちの指導も厳しかったんです。だから、がむしゃらに練習に取り組んでいましたし、おかげで1年生の時から試合にも出させてもらいました。ユースに入った時点で、将来はプロに“なりたい”ではなく、“プロにしかならない”と決めていたんです」

自分を成長させるために
ヴォルティスへ

高校時代はU-16、U-18と年代別の代表も経験した。サンフレッチェ広島では、ユースに所属しながらトップチームのメンバーとして公式戦にも出場できる2種登録選手に。出場2試合目のヤマザキナビスコカップで、初得点を挙げる活躍をみせ、高校3年生の時にトップチームへの昇格が決定する。

そして、迎えたプロ1年目は10試合に出場し、2得点。だが、さらなる活躍が期待された2年目、ケガがなかったにもかかわらず、ベンチにすら入れない試合が続いた。
「完全にくさってしまっていましたね。でも、その時、ユースの森山監督に『このままじゃ、プロサッカー選手として終わりだぞ』と言われて目が覚めたんです。そして、3年目だった昨シーズンは、自分の人生を賭ける決意でキャンプに入りました。メディアの取材などにも、あえてその決意を伝えて自分を追い込んだんです。開幕当初は試合にも出られるようになり、スタメンにも選ばれるようになりました」

だが、その後はケガに見舞われ、出場機会も減ってしまう。昨シーズンは入団以来で最高の出場数となったものの、シーズンを通して試合に出られなかったという悔しさが残った。そんな中、サンフレッチェ広島はJ1で初優勝を果たす。
「サッカー人生の中で優勝というのは何回も味わえるものではないと思うから、ずっとサンフレッチェ広島で育ってきた自分にとって、最高にうれしかったのは本当です。
その一方で、自分は試合に出ていなかったので複雑な気持ちもありました。そして、大事な時期にケガをしてしまう甘さも含め、いい意味でも悪い意味でも自分はまだまだだなと。自分の年齢を考えると、今の時期はもっと試合に出なければいけないし、このままベンチで試合を見ているだけでは絶対にうまくならないと思ったんです。住み慣れた広島を離れるのはつらかったし、ユースから育ったサンフレッチェ広島で活躍し続けたいという思いも強かったですけれど、新しい挑戦をしなければ自分の成長はないと移籍を決意しました」

いくつかの選択肢があった中で、ヴォルティスに決めたのは、監督をはじめ、“チームの熱い思い”が伝わってきたからだ。
「自分の力を評価してもらえるチームでプレーして、1年を通して試合に出ることを目標にしたいと考えていた時、小林監督が直接、チーム作りの考えを伝えてくれて、自分の力が必要だと言ってくれたことが大きかったですね。
そして、徳島が目指すフォーメーションのサッカーなら、サンフレッチェ広島でやってきたフォーメーションでの経験が活かせると思いました。それに僕は観客の皆さんが見ていて楽しいのはもちろん、自分がやっていて楽しいサッカーをやりたいと思っているので、徳島の目指すサッカーにやりがいを感じたんです」