見出し画像

「ラストマイル」の大ヒットが切り開く、「シェアード・ユニバース」という映画とドラマの新しいカタチ

この記事は2024年9月2日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。

映画「ラストマイル」が8月23日に公開後、見事なロケットスタートを切って大きな話題になっています。

なにしろ最初の3日間だけで興行収入9億7,800万円をあげ、ダントツの首位デビューをかざったかと思うと、2週目もその勢いは落ちないどころか加速する勢いで速報ベースで20億円を突破したようです。

実はここ最近の日本の実写映画において、初日で3億円規模の興行収入をあげた映画というのは「ゴジラ-1.0」や「キングダム」など、シリーズものやコアなファンが多い漫画原作の作品が中心で、今回の「ラストマイル」のようなオリジナル作品では珍しい現象と言えます。

この映画が、ここまでの大ヒットになっているポイントの一つが、今回映画の製作チームが選択した「シェアード・ユニバース」という新しいアプローチです。
 

「シェアード・ユニバース」というアプローチ

実はこの映画「ラストマイル」は、TBSの人気ドラマであった「アンナチュラル」と「MIU404」を手掛けた脚本家の野木亜紀子さん、監督の塚原あゆ子さん、プロデューサーの新井順子さんの3名が中心となり手掛けた作品です。

3人の中では、2020年の「MIU404」のドラマ製作のタイミングから、このドラマや映画の世界観を共有しつつ発展させる「シェアード・ユニバース」という構想があったようで、実際に「MIU404」に「アンナチュラル」に出演していた大倉孝二さんと吉田ウーロン太さんが同じ役で出演したことが話題になっています。

今回の「ラストマイル」では、その「シェアード・ユニバース」が明確に実現し、二つのドラマの出演陣も、ドラマと同じ役で映画に出演するという構成になっているのです。さらに主題歌も3作とも米津玄師さんが担当するという徹底ぶりです。

出演者が舞台挨拶でも口にしていますが、複数のドラマと映画の世界観を繋げて大きなストーリーを紡ぐ「シェアード・ユニバース」のアプローチは、映画「アベンジャーズ」などでお馴染みの「マーベル・シネマティック・ユニバース」を参考にしたものと言えるでしょう。

実際に舞台挨拶の俳優陣を見ると、日本実写版アベンジャーズとでも言いたくなるような豪華なメンバーがそろっていることが良く分かります。
 

テーマもメインキャストも全く別物に

もちろん、人気が出たテレビドラマを映画化させるという形は日本においては「踊る大捜査線」の頃から一般化した手法で、それ自体は珍しいアプローチではないと言えます。

ただ、「シェアード・ユニバース」が従来のドラマの映画化と異なるのは、作品毎に全く異なるテーマや俳優陣でドラマや映画を構築できるところです。

実写ドラマや映画においては、どうしても俳優陣のスケジュールや方針によって、シリーズ化が難しくなりがちです。「踊る大捜査線」が続編を望まれながらもなかなか実現しなかったことが象徴的と言えます。

一方、今回の映画「ラストマイル」は、実はタイトルであるラストマイルという単語が、物流における物流拠点から顧客までの最後の1マイルを指すことからも分かるように、日本における物流問題をテーマにしている映画でもあります。

2024年4月からトラックドライバーの時間外労働規制が適用され、輸送能力が不足する可能性が「物流の2024年問題」と懸念されているという、実にタイムリーに社会問題を取り上げた映画でもあるのです。

そうした硬派な映画をもし単独の作品として公開していれば、ここまでの大きな話題になったかは分かりません。

作品毎に社会問題を取り上げつつも、「シェアード・ユニバース」という形で過去の作品のファンを次の作品につなげることで、映画を大きなヒットにすることができているのは、野木亜紀子さん、塚原あゆ子さん、新井順子さんの3人ならではのアプローチということが言えるわけです。
 

過去放送のドラマにも好影響

今回の「ラストマイル」のヒットで、もう一つ興味深いのは、「シェアード・ユニバース」によって好影響を受けているのは映画「ラストマイル」だけではないという点です。

実は「ラストマイル」が話題になったことで「シェアード・ユニバース」としてつながっている「アンナチュラル」と「MIU404」の注目度も大きく高まっています。

(出典:Netflix Right Now)

象徴的なのはNetflixの日本国内のランキングにおいて「アンナチュラル」と「MIU404」のランキングが急上昇し、トップ10に飛び込んできている点です。

つまり、「シェアード・ユニバース」というアプローチは、単に映画の興行収入を増やすためにドラマの知名度を使うという一方的なメリットだけではなく、映画の話題が過去のドラマのファンを改めて増やすという双方向のメリットもあることが証明されたことになります。

配信サービスが普及し、過去のドラマが視聴しやすくなった現在だからこそ、ドラマと映画の世界観をつなぐ「シェアード・ユニバース」という新しいアプローチには、日本のテレビドラマにおける新しい可能性が示されていると言えるでしょう。
 

日本のテレビドラマと映画の新しい可能性

海外においては、テレビドラマはシーズンをいくつも重ねて長期にわたってストーリーを紡ぐことが普通になっています。
新しいドラマを毎回ゼロから立ち上げるという行為はファンをゼロから作らなければいけないことになりますので、当然ファンができたドラマをシリーズ化するというのが一つの成功のアプローチです。

このシリーズ化の傾向は、昨今は映画においても明確に生まれており、ディズニーのアニメ映画ですらシリーズものが中心になってきているのが、わかりやすい変化と言えます。

ただ、日本においては、俳優陣のスケジュール確保などの観点からそうしたドラマのシリーズ化のアプローチの実現が難しいと言われてきました。

しかし、「ラストマイル」が成功させた「シェアード・ユニバース」は、そうした日本のドラマ製作において、ファンを新しい作品につなげながら新しいストーリーを紡いでいき、世界観全体のファンを増やしていくという日本ならではの選択肢になる可能性があるわけです。

今回の映画「ラストマイル」は、日本の映像業界にも大きなインパクトを与えた作品として後から振り返ることになるかもしれません。
まずは「ラストマイル」の反響がどこまで広がるか注目したいと思います。

この記事は2024年9月2日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。

金曜日13時からの雑談部屋「ミライカフェ」では、このあたりの話も皆さんと雑談できればと考えています。
タイミングが合う方は是非ご参加下さい。


いいなと思ったら応援しよう!

徳力基彦(tokuriki)
ここまで記事を読んでいただき、ありがとうございます。 このブログはブレストのための公開メモみたいなものですが、何かの参考になりましたら、是非ツイッター等でシェアしていただければ幸いです。