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マンガをシェアできる「切り抜きジャンプ+」は、日本の著作権の常識に革命を起こすか

集英社が提供する漫画アプリ「少年ジャンプ+」が新たに「切り抜きジャンプ+」という機能を提供開始し、話題になっています。

これは、「少年ジャンプ+」のマンガの中で好きなシーンを切り取って、そのマンガのコマの画像とともに漫画のリンク付きでSNSに投稿することができる機能です。


単純にカットするだけでなく、編集機能もあるため、自分の感想をコマの上に書いたり、ちょっとしたデザインを追加することも可能になっています。

機能としては小さな一歩に見えるかもしれませんが、これはマンガだけでなく、日本の著作権に対する考え方の「常識」に大きな一石を投じる可能性がある一歩です。
 

違法行為に対して厳しくなる日本の著作権法

当然のことながら、日本のインターネットにおける著作権の扱いは基本的に厳しくなる方向で法律が改正されてきています。

特にマンガにおいては、2018年に「漫画村」を中心とした違法マンガアップロードサイトが大きな社会問題になったこともあり、著作権が侵害されたコンテンツをそれと知りながらダウンロードする行為についてのルールが厳しく議論されてきました。

象徴的なのがスクショ違法化をめぐる議論でしょう。

様々な議論を呼んだ改正ですが、2021年の法改正からは、違法にアップロードされたコンテンツをスクリーンショットすることも明確に著作権法違反となり、「2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金、またはその両方」という罰則が適用される罪になりました。
 

SNSに寛容な姿勢が世界的ヒットにつながったBTS

一方で、世界的にはSNS上でのファンによるシェアを許容する方向に動いているプレイヤーが成功を収めるようになっているのも事実です。

その象徴と言われるのが、BTSでしょう。
BTSは、ARMYと呼ばれるファンが、写真はもちろん、動画も編集してSNS等でシェアすることを許容していることで有名です。

また、コンサートなどにおいても、欧米では比較的写真や動画撮影が許されるケースが少なくないようです。
これは、欧米ではコンサートに来たファンがSNSでコンサートの空気をシェアしてくれた方が、来たくなる人が増えると考えている事務所が多いことが背景にあるようです。

また画像や動画の利用に関しても、米国では「フェアユース」という概念が存在し、著作者の許可がなくても、条件を満たせば著作物を利用できるため、イラストはもちろん、映画の動画ですら個人のYouTubeやTikTokで活用されているケースが散見されます。

こうした著作権に対する意識や背景は、日本と海外で大きな違いがあるわけです。

日本でも少しずつ寛容なケースが増加

もちろん、当然ながら日本でもこうしたSNSの力をアーティストや事務所が活用する取り組みは増えています。

昨年のサッカーW杯大会で、ABEMAが動画の切り抜き投稿機能を提供したのは非常に象徴的な取り組みだったと言えると思います。


また、BE:FIRSTが所属するBMSGの代表であるSKY-HIさんが、ファンによるSNSの応援投稿であれば画像等の利用を許容する投稿をされたことが話題になったように、著作権者側にも徐々にSNS投稿を許容する流れは生まれています。

SKY-HIさんと日テレが企画したD.U.N.K. Showcaseにおいても、様々な事務所所属のアーティストが出場する中で、最後の曲で会場の参加者に動画撮影を呼びかけていたのが象徴的と言えるでしょう。

しかし、一時期のジャニーズ事務所が徹底的にアーティストのネット上の写真投稿を禁止していたことが影響し、日本ではまだまだ多くのファンが他のファンのアーティストの写真投稿に対して著作権法違反ではないかと指摘するケースが見られます。

実はジャニーズ事務所自体も、ジャニーズJr.のコンサートでの撮影を一部解禁するなど、SNS投稿に寛容になりつつあるのですが、一部ファンがそれに対して反発するなど、まだファンの文化がその変化についていけてない面もあるようです。

日本においては著作権というのは、侵害してはいけない権利だから、著作権侵害をしている投稿は見逃せない違法行為、というのが日本のファンにとっての著作権の「常識」になっているわけです。
 

独自サービスとしては継続できなかったコマ投稿機能

そんな中、今回の「切り抜きジャンプ+」の機能は、著作権者側である集英社や漫画家自らが、マンガのコマをユーザーにシェアする機能を提供するわけで非常に画期的であると言えます。

実は、マンガのコマをオフィシャルに切り抜けるようにするサービスというのは、インフルエンサーとしても有名なけんすうさんがマンガ発見アプリ「アル」というサービスで2019年に提供していました。


しかし、残念ながら「アル」は2022年に定期的な記事・コンテンツの更新を終了。
こうしたサービスを、外部のプレイヤーが提供することの難しさを世に知らしめる結果になっていたわけです。
 

ファンがマンガの作品を「推す」ための機能

一方、「切り抜きジャンプ+」で興味深いのは、「キミの推しが、作品の力になる」というキャッチコピーで明確なように、マンガのコマをシェアした人の閲覧数などがランキング形式で可視化されるなど、ファンがマンガの作品を「推す」ための機能であることが明示されている点です。

実際に、副編集長の籾山氏の投稿によると、すでに3日間ほどで、3300もの切り抜きが作成され、約5万の作品閲覧が増える効果があったようです。

インターネット広告で、読者をマンガに誘導しようと思ったら、1クリックあたり数十円〜数百円かかることを考えると、実はたった3日で既に数百万円の広告効果がファンの投稿により無償で生まれたことになります。

従来は違法かどうか怪しいとされていた「マンガのコマをSNSに投稿して推しのマンガを推奨する」行為が、「切り抜きジャンプ+」を使えば胸を張って実施できるだけでなく、明確に作者や出版社のメリットになる行為になるわけです。

ファンがマンガのコマをSNSに投稿するという行為は、一見他の人からは著作権侵害行為に見えますが、当然ながら著作権者が許容していれば適法な行為ということになりますし、「切り抜きジャンプ+」のように仕組み化されていれば、逆に著作権者から感謝されうる行為になります。

これからネット上における少年ジャンプ+のマンガのコマの著作権に対する「常識」が大きく変わることになるわけです。
 

マンガ以外の業界にも「切り抜きジャンプ+」は参考になるはず

すでに、この「切り抜きジャンプ+」をファンレター的に使うファンも出てきているようで、漫画家とファンのコミュニケーションのきっかけになる可能性も見えてきているそうです。

将来的には、「切り抜きジャンプ+」の投稿数や誘導数が多いファンが、漫画家から直接感謝されることが普通に発生する可能性もあるでしょう。

この「切り抜きジャンプ+」のポイントは、公正にファンがシェアできる仕組みを著作権者側が提供することで、従来は著作権法違反と考えられていた「グレー」な行為の位置づけを、明確に作者にメリットがある「推し活」に根本から変えてしまった点にあります。

こうした取り組みは、他の出版社はもちろん、BMSGやジャニーズのような芸能事務所や、映像コンテンツを保持している事業者が参考にすることもできるでしょう。

さらに日本で、「切り抜きジャンプ+」のような仕組み化が増えれば、SNS上の画像や動画に対して「それ著作権法違反じゃないの?」とファンが誤解して指摘するケースも減らすことができるようになるはずです。

まずは「切り抜きジャンプ+」がマンガの話題をシェアするサービスとして多くの方に普及するのを楽しみにウォッチしたいと思います。

この記事は2023年10月1日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。


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