走馬灯

死ぬ間際には走馬灯というものを見るとよく聞くものだがここまで鮮明に自分の人生を振り返らせられるとは思いもしなかった。脳裏に焼き付いている思い出。この世にやり残したこと。愛していた人、そんな今更思い出しても仕方のないような夢を見ながら、少しずつ視界が暗くなるのと同時に、自分がこの世から別れを告げられているかのような寂しさを感じている。うっすらと感じる左手の暖かさ。嫁が握っているのか、はたまた息子が握っているのだろうか。この暖かさだけは私がこの世に留まることを求めているようだった。なんだか身体が軽くなってきた。とうとう迎えが来たのか。病院のベッドに横たわっているはずなのに背中から見えない力で上へ上へと押し上げられていく。もう何も怖くない。つい数分前までは頭の中で何度も何度も「生きたい」と唱えていたが今は死を受け入れ達観している自分がいる。突然視界がパッと明るくなった。見えないはずのものが見えている。私が嫁と息子に手を握られている。私の左手が妙に暖かったのは2人の愛が込められていたからだった。

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