見出し画像

人間でないものたちの方が圧倒的に多い

ある時、山で仕事をしていた父が昼間に足から大量の血を流して帰ってきたことがあった。留守番をしていた私と母が驚いていたら父は「カマイタチにやられた!」と痛みに顔を歪めて言った。

父は時々大真面目に家族をからかうことがあったので真相は藪の中なのだが、でもあの山だったらあながち嘘でもない気がするのだから不思議だ。(とはいえ書きながら今調べてみたらカマイタチの場合は出血しないみたいだからやっぱり父特有の冗談だったのだろう…)

村の昔話では、実際に存在する場所名が出てきたり、実際にある屋号で登場人物が呼ばれている話もある。昔話の中で川太郎(かっぱ)と相撲をとった杉松爺はうちの親戚の先祖だったりするから、どの昔話もファンタジーではなくて、実際の噂話のように感じてしまうところがある。

「お盆を過ぎたら川で泳ぐな。川太郎に引き摺り込まれるぞ」という忠告も夏休みごとに大人に言われてきた。
ある夏の終わり、村に遊びに戻ってきたどこかの家の若者がいて、面白そうで子ども数人でついて回ったことがあった。その人はお盆過ぎだというのに川に降りて行き、服を着たまま泳ぎはじめた。すると着ていたTシャツが空気を含んでぷく~っと膨れ川に浮くような形になって、そのなんとも奇妙な姿を見た私は「もしかしてやっぱりお盆すぎやから川の中に川太郎がいてそのしわざとか…」などと、妄想に怯えたこともあった。

実際に私も一度だけ、理屈では説明のつかない体験をして、大人にさんざんバカにされた後「そりゃあ、きつねに化かされたんじゃど」と冗談半分にまとめられたことがあった。
ある日の昼休み、友人Mちゃんと二人で、学校の手洗い場で窓の外を見ながら歯磨きをしていた。するとその窓の外の裏山の方から別の友人Yちゃんの声で「ひゅ~~~」と幽霊の登場音みたいな音が聞こえてきたので「Yちゃん、ふざけんでよ!」と言いながら窓の外をのぞいて探していたら、別のところからYちゃんがやってきた。窓の外からはYちゃんの声がずっとしているが違うところに本人がいる!Yちゃん自身もその声を聞いて3人でパニックになり職員室に駆け込んだ、という話。
その裏山というのは、上ん山と呼ばれいくつかの昔話で動物らが色々なやりとりを繰り広げている山でもあるので、やっぱり妙に信憑性があり、私は今だに「きつねに化かされた」と信じ込んでいる。

私に限らず、霊感のない普通の人でも日常の中で不思議なものを見たとか体験したという話はいくつもあり、山仕事中にいないはずの誰かに呼ばれたとか、前述の私のエピソードでは大真面目に報告した娘を笑い飛ばした現実主義者の母でさえも、子どもの頃に兄弟何人かで、数日前に亡くなった人の家の屋根に大きな青い火の玉を目撃したことがあると話してくれた。

あの場所は「人間の世界」ではなく、圧倒的に、「人間でないものたちの世界」だった(まあ物量的にどう考えてもそうなのだが)。だとすれば人間の理解の範囲では説明のつけられないことがたくさんおこるのも不思議ではないと感じる。

だからそこに住んでいる村の人たちはみんな自然を畏れ敬い、神仏に祈って、自然や目には見えない存在たちと安全に共存できるようにと生活していたのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?