漫画制作における『引き算』の重要性
漫画に限らずゲームや小説、映画、音楽その他ほとんどのコンテンツ制作で共通するのですが、「作品のクオリティを高めるためにきちんと引き算を行う」というのがあります。
創作物はあまり考えず作ってしまうと不要な部分があちこちに存在して駄目な物になりやすいのですが、不要な部分を適切に削ぎ落していく事でその作品はよりクオリティの高い魅力的な物になっていきます。
盆栽とか生け花とかでも不要な部分を削ぎ落す事でより素晴らしい物になるように。
noteの記事も思いついた事をそのまま書いてしまうと、文章量がやけに多くてまとまりのない駄目な記事になってしまいがちです。
「この部分は不要かな」と思ったら部分的に削除してみるのをおすすめします。
noteだったり小説投稿サイトで小説を公開している人達も、自分の作品内に不要な部分が無いか、きちんと確認して修正した方がその小説はもっとクオリティが上がって評価も高くなるでしょう。
なんでもかんでも引き算すれば良いわけではなく、『不要な部分』というのをきちんと見極めてそこを削ぎ落していく必要があります。
大事な部分を間違って削ぎ落ししないように。
今回は漫画制作の場合はどういう引き算をすべきかを挙げていきたいと思います。
<物語展開の引き算>
連載漫画の場合はページ数が決まっているため、「不要な展開は入れない」という事はきちんと意識している人が多いでしょう。
SNSや漫画投稿サイトなどで公開する漫画の場合は自由にページを使えますが、これも不要な展開は入れないようにしないと無駄な話でページ数を使う駄目な作品になってしまいます。
不要な展開が作品の中に紛れてしまうと、「その作品で読者をどういう気持ちにさせたいか?」がぼやけてしまう事になってしまいます。
また、不要な部分を削除する事は「漫画のテンポを良くする」という効果もあります。
最近の人達は動画の倍速視聴やスキップ、ショート動画などに慣れすぎて「テンポがかなり良い」というのが当たり前になっています。
そういう人達は昔の漫画みたいにテンポが悪い作品に対してはわりと低い評価をしてしまったり。
連載漫画で特定のキャラを深堀りするためにそのキャラのエピソードを入れる場合も、あまり長くだらだらとやりすぎないよう注意すべきでしょう。
<キャラクターにおける引き算>
個人個人でキャラクターの好みは異なるため、連載漫画の場合は漫画内には色々なパターンのキャラを登場させて読者の心をきちんと掴み、「このキャラが好きになったからコミックを買いたくなった」みたいに思う人を増やしていくべきです。
しかしあまりにもキャラを出しすぎると「物語の展開的に登場しない時間が多い」というキャラが増えていきます。
多様なキャラは登場させつつ、ある程度はキャラクター数を絞るという事も意識すべきでしょう。
連載漫画と違って読み切り漫画やSNSで公開する漫画の場合は、あまりキャラの数を増やしすぎない方が個々のキャラによりコマやページを使える事になり、キャラを深堀りする事ができるようになります。
キャラクターのデザインにおいても引き算というのは重要です。
あまりディテールを足しすぎると作画が大変になるし、どこが魅力的なのかがぼやけていくため、「そこそこシンプルでありながら魅力的に感じる」よう、不要な部分を削ぎ落して髪型や服などのデザインをする必要があります。
<背景作画における色々な引き算>
漫画のほとんどのコマで、自分やアシスタントにお願いして背景をしっかり描きこむという漫画も時々あります。
しかしあまり多くのコマで背景をしっかり描き込みしてしまうと、読者にとっては「どのコマも絵的に情報量が多すぎて読んでいて脳が疲れる」という感じになってしまいます。
あえて一部のコマは背景を描かなかったり、描いてもあっさりした背景作画にする事でそのコマが箸休め的な存在になり、漫画の読み味がずいぶんと良くなります。
他にも、キャラに注目して欲しいコマで背景をみっちり描き込むと、「キャラではなく背景の方に意識を取られる」というマイナス効果も生まれます。
また、背景作画においては「線の省略を意図的に行う」という事はよくあります。
たとえばレンガの壁の作画の場合、レンガの溝をすべてきっちりと描くのではなく、その溝の線はあえてところどころ作画を省略する事で味のあるレンガの壁になります。
住宅の屋根の線についても一部の線を省略する事で「太陽光が屋根で反射している」という描写になるとともに、「作画時間を短縮できる」というメリットも生まれます。
「LOD(レベル オブ ディテール)」という概念が漫画の背景作画やゲームの背景表現においてはあるのですが、これは「遠景の作画はディテールをわざと省略する」という事で、背景の制作コストを下げつつ、見た目もすっきりさせるというのがあります。
遠景もしっかりディテールがある表現にしてしまうと作画が大変になる上に、絵的な情報量が増してユーザーの脳を疲れさせてしまうというデメリットも発生してしまうのです。
<構図における引き算>
「キャラクターの顔をきっちりコマ内に入れて読者に表情を見せる」という以外にも、
・目元だけ見せてあえてそれ以外は見せない
・口元だけ見せてあえてそれ以外は見せない
・震えている腕だけ見せる
・背中だけ見せる(顔は見せない)
など、あえて構図的に「見せる部分を限定して、残りは読者の想像にまかせる」という手もあります。
たとえばキャラが驚いているコマも、毎回顔をきっちり描いたコマではなく、両目だけ(あるいは片目だけ)見せるコマで驚きのセリフを足すと、普段とはまた違った印象にできます。
悲しんでいるキャラの様子も「背中だけ見せる」という構図であえて表情を見せないようにするなど、『構図的にあえて見せない』というのを選ぶのも引き算の一種と言えるのではないでしょうか。
ホラー漫画もあえて怪物の姿をはっきり見せない構図の方が恐怖を掻き立てるという事があったり。
<セリフにおける引き算>
漫画においてはセリフをできる範囲で簡素化するというのはプロなら当たり前にやっている事でしょう。
たとえば
「お前、これからコンビニ行くの?」
みたいなセリフも
「コンビニ行くの?」
にした方が読み味が良くなります。
前後のコマにもよりますが、
「コンビニ?」
だけで通じる場合も。
漫画のセリフの場合は『てにをは』などの助詞を削るとテンポが良くなる事もよくあります。
先ほどの例では「コンビニに行くの?」より「コンビニ行くの?」の方が若干テンポが良くなります。
「に」の一文字を抜くだけで結構セリフの読み味がよくなります。
「に」の部分が音的に停止箇所になっているため、これが無くなるとセリフが滑らかになるのです。
物語の展開で色々引き算するとテンポが良くなるのと同じ感じで、漫画のセリフも説明不足にならない範囲で短くした方が読むテンポが良くなり、「この漫画はテンポが良いから読んでいて気持ち良い」と読者に感じさせる効果があります。
推理系の漫画は仕方無いですが、無駄にセリフが長い漫画は総じて読み味が悪くなりますよね。
セリフを短くする以外にも、「不要なモノローグは入れない」なども意識しましょう。
<設定における引き算>
漫画は世界感やキャラクターなど色々な設定を考えてから物語や展開を作っていきますが、その設定を凝りすぎるとかえって物語作りにマイナスとなる事もあります。
漫画編集者に作品を見せた事がある人なら、「この設定要ります? ここは削りませんか?」みたいに言われた事がよくあるのではないでしょうか。
作品を魅力的にするためにきちんとある程度は設定を考えるのが大事ですが、その設定にあれもこれもと詰め込みすぎるより、ある程度ブランク(空白)を用意しておいた方が良いと思います。
連載作品ならわざと一部の設定は考えない方が、物語が進んでから後付けで魅力的な設定をキャラや世界に付け足す事ができます。
読み切り漫画やSNSで公開する漫画も、設定をあまり細かく凝りすぎるとその設定に足を引きずられて駄目な作品になる場合があります。
<コンテツ制作では削ぎ落し作業は必須行為>
多くの物作りにおいて、思いついた物をそのまま盛り込んで完成させるのではなく、そこから削ぎ落したり、あるいはあらかじめ引いておくという処理を行う事で、その作品はクオリティがアップしてより魅力的な物になります。
これは漫画制作だけでなく他のコンテンツや商品制作をしている人達も常に意識しておくべき事だと思います。
長年その道で働いてきた人ならとっくに意識している事だとは思いますが、スケジュール的にきつくてこの削ぎ落とし作業にきちんと時間をかけられなかったり、つい忘れてしまうという事もたまにあります。
漫画の場合は編集者が不要な部分をきちんと指摘してくれる事もあれば、編集者も忙しくて見落としてしまう場合があったり。