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子ども時代の終わりに/『ちいさな国で』/文:編集部 上村令

 アフリカの「ちいさな国」、ブルンジ共和国で、フランス人の父と、ルワンダからの難民である母との間に生まれた少年ギャビーは、欧米人や裕福な黒人が暮らす通りで、仲のいい何人かの友だちと、林に小屋を作ったり、近所に実っている果物を取ったりと、楽しい毎日を送っています。近所じゅうの大人や子どもが集まり、夜中過ぎまで音楽で盛り上がったギャビーの11歳の誕生日。新品の自転車を、盗まれてしまい、使用人たちと探しまわったこと。そして、盗品とは知らずにそれを買った貧しい一家から、無理に取り戻したことへの後悔。文通相手のフランスの少女から届く、いい香りのする手紙……。両親の不仲や、自分たちのなわばりに侵入してくる年上の少年など、悩みはあるものの、それは子どもらしい、幸せな日々でした。

 しかし、隣国ルワンダで内戦が始まり、ブルンジでもクーデターが起き、平穏な日々は揺らぎはじめます。母方の伯父たちは内戦で命を落とし、やがてルワンダでは未曾有の大虐殺が始まります。親族の安否を確かめにルワンダへ行き、知り合いに助けられてようやく帰ってきた母は、一気に老いて見えました。ギャビーと妹の遊び相手だった四人の従兄妹たちの、3カ月も前に殺された遺体を発見し、一人で庭に埋めてきた、と母は語ります。「つかんでも、ぐにゃりと溶け出してしまうから……かき集めるしかなかった……あの子たちの切れはしを」

 ブルンジでも治安はさらに悪化し、殺し合いが始まり、仲間の父親が殺されたことから、ギャビーは恐ろしい事件に巻き込まれます……。

 ブルンジに生まれ、13歳でフランスに逃れた著者の、自伝的とも言えるこの物語は、「ちいさな国」の悲惨な歴史を、内側から見せてくれます。今もまだ30代の著者が、このような歴史に翻弄され、それでも生き延びて、こうした形で経験を伝えてくれたことに、胸を打たれます。子どもの感じることや暮らしのようすが、万国共通で共感を呼ぶだけに、その平和な子どもの世界に、理不尽な暴力が少しずつ入り込み、やがてすべてが失われていく様が、ひとごとではない、と感じられます。

 子ども時代の終わりと平和な時代の終わりが重なり、居場所をなくしていたギャビーに、同じ通りに住むギリシャ人の老婦人が、本を貸してくれるようになります。毎日彼女を訪ね、読んだ本の話をすることで、ギャビ―は「行き止まりが消え去った……もう一度、楽に呼吸ができるようになった」と感じます。この老婦人が、近所の子どもでしかなかったギャビーにかけた愛情、そして、ふだんは子どもたちとうまくいっているとは言えなかったけれど、ぎりぎりのタイミングでギャビーと妹をフランス行きの飛行機に乗せた父の愛情が、静かに沁みてきます。ギャビーたちは後になってから、自分たちが出国した数日後に、父が殺されたことを知るのです。

 フランスでラッパーとして人気を博した著者が、初めて書いたこの作品は、「高校生が選ぶゴンクール賞」を受賞しました。重い内容にもかかわらず、きらきらと輝くイメージに満ちていて、小説を読む楽しみを味わわせてくれる一冊です。

文:編集部 上村 令

(2020年11月/12月号「子どもの本だより」より)


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