著者と話そう 長友恵子さんのまき
2023年3月に刊行した『ブックキャット 〜ネコのないしょの仕事!』の翻訳をされた長友恵子さんにお話をうかがいました。
Q どんなお子さんでしたか?
A 大人になってからは、自己主張が強い、と言われますが、子どものころは内気で、友だちの少ない子どもでした。それにはわけがあって、小学校6年生まで夜尿症で、いつも布団に地図を描いていたんです。それで内にこもってしまい…。学校の成績はよかったので、両親はさほど気にしていなかったみたいです。六年生の修学旅行は不安で、行かないことにしていたのですが、旅行前日に急に行きたいと強く思いました。母はすぐに担任の先生に電話して、参加できるようにしてくれて…。旅行先では、夜中に先生がそっと起こして、トイレに連れて行ってくれたんです。それ以来、夜尿症はぱったりと治り、性格も外向きに変わり始めました。
友だちが少ないので、外に遊びに行くより家で本を読んでいることが多かったです。低学年の時に、両親が講談社の「少年少女世界名作全集」を買ってくれました。その全集を何度も何度も読みました。いまも覚えているのは、ギリシア・ローマ神話と北欧神話。神様の名前を覚え、外国への興味が涌きました。高学年になると、本を何冊でも買ってあげる、と母が言い、「怪盗ルパン」のほかに、いろいろと買ってもらっていたら、もうこれ以上は買えないと言われ、図書館に通うようになりました。
高校のころ、友人の家に行ったら、子ども部屋に函入りの「ナルニア国ものがたり」が全巻並んでいました。『ライオンと魔女』を借りて読んだら、めちゃくちゃおもしろくて、続きも借りて…。でも、ほかの児童文学に触れる機会もなく、当時よく読んだのは、宮尾登美子や平岩弓枝といった大衆文学。三島由紀夫、夏目漱石、森鴎外も好きで、漱石も鴎外も留学経験者ということもあり、ますます外国へのあこがれが強くなりました。
Q アメリカに留学したかったそうですね?
A 中学生のころから毎日NHKのラジオ英会話講座を聞いていました。中学でも高校でも英語の授業が楽しかったです。高校1年のときに留学したかったのですがかなわず、ほかの科目の成績も落ちていき、高校3年からは学校に通えなくなりました。受験科目が英語と作文だけの大学の仏語科に入り、パリに1年間語学留学しました。パリではカルチャーショックを初めて経験し、ずいぶんと鍛えられ、この時期に自己主張の強い人間になりました。
卒業後、おもちゃメーカーに就職し、海外営業部に在籍、ニューヨークのトイショーで営業をしたりと、英語を生かした仕事をしました。5年ほど勤めた後、ボストンの経営大学院に入り、2年間勉強しました。そのころ通った書店では、ビジネス書の近くの児童書コーナーにあったネコの絵本に惹かれたのがきっかけで、絵本をたくさん買いました。子どもの頃に読んだ絵本は記憶にはないのですが…。でも、幼稚園の頃に『かぐやひめ』の絵本をひとりで読み、その後しばらくのあいだ、丹前をはおって、窓辺で月からのお迎えを待っていた、と母から聞いています。
帰国後、就職しようかと悩んだ末、「絵本の翻訳をしよう!」と思い立ちました。今思うと恥ずかしいのですが、当時は、絵本の翻訳は簡単だ、と思っていたんです。そこで、買いこんだ絵本を訳して、出版社に電話しましたが、「では原稿を送ってください」と言われればましなほう…。ようやく会ってくれたのが、偕成社の、今は退職された編集者でした。十冊抱えていくと、一冊ずつ丁寧に見てアドバイスしてくださって、それ以降、月に一回は通いました。
一方、アパレル会社の広報誌の制作プロダクションでアルバイトを始めました。小さな職場でしたが、「絵本の翻訳家になりたい」というと、文化出版局の編集者を紹介してくれました。こうして初の翻訳絵本『おおきな、お・お・き・い・テックス』が出たんです。
このころ、子どもの本をたいして読んだことがなかったと、ようやく気がつき、読み始めました。『トムは真夜中の庭で』『クローディアの秘密』『ふたりのロッテ』…子どもの本ってなんておもしろいんだろう、と感動しました。ちょうど「ハリー・ポッター」の一巻目がイギリスで刊行されたころで、すぐ原書を購入してシノプシスを書き、偕成社に持っていきました。けれど、「大手出版社が日本語翻訳権を取るだろう」と言われて、あきらめました。
そんな折、JBBY主催のボローニャ・ブックフェアに行くツアーに参加しましたが、海外の出版社とアポもとらず、「翻訳者」という肩書だけでまわっても、相手にもされませんでした。そういえば、トイショーもアポが必要だった、と思い直し、フェアには一日行っただけで、二日目からは他の都市を観光していました。
その後、ケイト・グリーナウェイ賞を受賞している日本で未刊行の絵本を見つけ、岩波書店に持ち込み、刊行が決定。この『中世の城日誌 少年トビアス、小姓になる』で、産経児童出版文化賞JR賞を受賞しました。でも、初校の打ち合わせには五時間もかかったんです…思い起こすと、無我夢中の私に、人生の先輩である編集者の方々が親切に指導してくださって、翻訳学校に通っているみたいでした。
Q 徳間書店では、児童文学のリーディングをお願いしていましたね。
A 友人が徳間書店宣伝部にいて、『中世の城』が出たときに「名刺代わりになる本ができたね」と、児童書編集部に紹介してくれたんです。
Q 担当された『ブックキャット』は、読書感想画中央コンクールの指定図書にも選ばれましたね。今後の抱負を教えてください。
A 絵本が好きですが、めざすのは絵本からYAまでの児童書を訳すオールラウンドな翻訳家です。デビューから追いかけている英国の絵本作家さんがいて、その人の絵本を出せたら嬉しいです。常に、まだ日本で紹介されていない新しい作家さんを探しています。
ありがとうございました!
長友恵子(ながともけいこ)
翻訳家、エッセイスト。
『中世の城日誌』(岩波書店)で、第51回産経児童出版文化賞JR賞を受賞。『ぼくだけのぶちまけ日記』(岩波書店)、『本おじさんのまちかど図書館』(フレーベル館)、『せんそうがやってきた日』(鈴木出版)など訳書多数。
紙芝居文化の会運営委員、JBBY会員、やまねこ翻訳クラブ会員。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2023年11月/12月号より)