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フラックの名作を、今の子どもたちに/『ウィリアムの子ねこ』/文:編集部 高尾健士

 友だちと遊んだりひとりで小さな冒険をしたり、「行って帰る」ことを繰り返しながら成長する子どもたちにとっては「行きて帰りし物語」がいちばん受け入れやすい形なのだろう、という仮説を、評論家・翻訳家の瀬田貞二は唱えました。そのヒントを得たきっかけは、自ら訳した絵本『アンガスとあひる』(福音館書店)だと言います。作者のマージョリー・フラックは体験に基づき、「行って帰る」構造を巧みに利用して、たくさんの素晴らしい絵本を生み出しました。子どもを本当に理解していると深く感心させられるアメリカの絵本作家のひとりです。今回はシンプルな「行きて帰りし物語」ではありませんが、フラックの『ウィリアムの子ねこ』(マージョリー・フラック 作・絵/まさきるりこ 訳)をご紹介します。本書は2005年に新風舎から絵本の形で出ていましたが、徳間書店が2023年1月に読み物の形で復刊しました。

 ある日、小さなねこが町で迷子になっていました。子ねこは学校へむかう子どもたちや仕事へむかうお父さんたち、牛乳屋さんなどについていきますが、いそがしくてだれひとりかまってくれません。そこで今度は、キックスクーターで遊ぶ男の子、ウィリアムについていきました。

 ウィリアムはまだ4歳。学校には行っていません。ちっともいそがしくなかったので、子ねこと仲良くなりましたが、お昼ご飯を食べに家に帰ったときに、子ねこも家の中にかけこんでしまいます。

 そこで、ウィリアムは姉のナンシーと兄のチャールズといっしょに、警察署に子ねこを届け出ることにしました。ところが、警察署長さんが届け出のあった迷子の子ねこを調べると、飼い主だという人が三人もあらわれて…。

 登場人物たちがみな大らかなで思いやりに満ちていて、最後まで読み終えると、本の中に生きていく上で大切なことが描かれていると感じられ、心があたたまる物語です。

 『ウィリアムの子ねこ』の「行って帰る」は重層的で、最初は迷子の子ねこの視点、途中からウィリアムたちの視点に切り替わり、その後、大変な伏線を回収しながら展開します。子ねこを拾った人たちのもとへ、子ねこが「帰ってくる」話と捉えれば、「行きて帰りし物語」と解釈もできます。また、フラックは子どもに伝わるように繰り返しもうまく使っているので、すべての伏線が見事にうまくはまるのです(ネタバレになるので詳細は伏せておきます)。
 
 絵本の完成度が高かったので、そのまま復刊することも考えましたが、文章量が多く、レイアウトについてもいくつも絵を詰め込んである場面がありました。絵を独立させたら、お話の流れがよりわかりやすくなると感じられ、いろいろと検討した結果、権利者の許諾を得て、この重層的な物語がより明快になるように読み物の形にしました。
 また、色彩についても原書を数冊取り寄せて、よりオリジナルの色味に近い色を再現しています。
 
 今回の復刊にあたり、ロングセラー絵本『もりのなか』などの翻訳で知られる翻訳家の間崎ルリ子さんは一文一文、丁寧に訳を見直してくださいました。ぜひご覧ください。

『ウィリアムの子ねこ』
マージョリー・フラック 作・絵
まさきるりこ 訳
文:編集部 高尾健士

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2023年5月/6月号より)


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