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新庄節美『夏休みだけ探偵団 二丁目の犬小屋盗難事件』

この連載では、1980年代に話題になり、今は書店で手に入りにくくなっている作品を紹介していきます。

 1987年に講談社児童文学新人賞に入選した作品を単行本化したものですが、とても新人とは思えない物語づくりのうまさと文章力に圧倒されます。

 主人公の「オレ」の名前は、和戸尊(わと たかし)。探偵小説が大好きな双子の姉妹が、「和戸君の名は、つなげて読むとワトソンだね。」と言ったことから、クラスの仲間からワトソンと呼ばれています。
「シャーロック=ホームズの助手の名だね。」と言ったのは、塾で隣の席になった飛田透で、通称トン。

 夏休みのある日、トンの家の犬小屋が盗まれ、近所で3軒も同じ被害に遭ったと聞いたワトソンは、「夏休みだけ探偵団」の名刺をくれた双子の姉妹と一緒に、犯人探しに乗り出します。

 ここまでは子どもっぽい探偵ごっこの延長のようですが、そこに宝石盗難事件が絡んできます。ルネッサンス美術研究の権威である大学教授の家に、鑑定のために持ち込まれていた「メディッチ家の黒真珠」という高価な宝石が盗まれたのです。

 ワトソンたち探偵団は、双子の姉妹の祖父が新聞社の知り合いから聞きだした宝石盗難事件の情報をもとに、子どもならではの発想で、教授の家にいた学生たちに追われて逃げた犯人が、宝石を犬小屋に隠したのではと思いつきます。

 それをきっかけに、子どもたちの推理は思わぬ方向に進んでいき、ついに子どもたちだけで深夜に真犯人を捕まえてしまうのですから驚きです。物語の随所で「まだらの紐」や、「六つのナポレオン像」など、シャーロック=ホームズの、よく知られている作品を引き合いに出しながら、ミステリー好きの読者の興味や関心もさり気なくひきつけるあたりもなかなか巧妙です。

 探偵推理小説だから、トリックや犯人は明かせませんが、ともかく息もつかせずに、ぐいぐいと最後まで読者をひっぱっていって、意外な結末につなげるあたりも見事です。

 登場人物4人のキャラクターは、それぞれが個性的で魅力的に描かれていて、しかもユーモラス。子どもたちだけで夜中に犯人を捕まえるなんていう、普通だったら許されないような行動にも、納得がいく伏線がしっかり敷かれているので、意外性に満ちた物語の展開に不自然さを感じさせません。

 特別なテーマやメッセージなどは全く感じさせない徹底したエンターテインメント作品ですが、好奇心旺盛で行動的な元気で溌剌とした子どもたちの活躍の爽やかさが印象深く、最後の最後までわくわくドキドキしながら楽しめる傑作です。

 この作品をスタートに、「夏休みだけ探偵団」は第3作まで続き、著者の新庄節美は、その後も、「名探偵チビー」シリーズ、「ホラータウン・パニック」シリーズ、『マエストロ! MONNA探偵事務所』など、探偵ミステリ—作品を出版して人気を呼ぶことになります。
 
『夏休みだけ探偵団 二丁目の犬小屋盗難事件』
新庄節美 作
初版 1988年
講談社 刊

文:野上暁(のがみ あきら)
1943年生まれ。児童文学研究家。東京純心大学現代文化学部こども文化学科客員教授。日本ペンクラブ常務理事。著書に『子ども文化の現代史〜遊び・メディア・サブカルチャーの奔流』(大月書店)、『小学館の学年誌と児童書』(論創社)などがある。

(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」 2023年5月/6月号より)

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