捨てられない

「お。そのサングラス、イイじゃん。よく似合ってるよ。どこで買ったの?」
買ったばかりのサングラスを掛け、一人夕日を眺めていると、後ろから1番仲良くしている同僚から声を掛けられた。
「褒めてくれてサンキュ」
褒め言葉に素直に礼を言って、サングラスを外す。彼の手に渡しながら、質問に答える。
「これ、新しく出来た眼鏡屋で買ったんだよ。ほら移転してた。」
「ああ、向こうでも人気だったもんな。そうか、いよいよこっちに来たんだ。」
掛けてみていい?と聞いてきたので、どうぞと意味で右手を差し出す。プレゼントの箱を開ける子どものような表情で俺のサングラスを掛け、goodサインをしてきた。その無邪気さに思わず笑えてくる。
有り難う、良いものだな。俺も買いに行こうかな、なんて呟きながらサングラスを返してきた。
「いろいろ増えてきているよな。マイのやつが、向こうで好きだったケーキ屋がこっちに来たって喜んでたよ。」
マイは俺達の一つ下の後輩だ。女の子にはよくあることだが、とにかくスイーツに目がない。
「どんどん日常が過ごせるようになって来てるな。でもなあ…」
「なんだよ。」
彼は一旦言葉を切り、地面を蹴り上げた。本当、所作が子どもみたいだ。
「いや、便利になるのは嬉しいんだけど、なんだかなあ…こっちに来た本来の意味が薄れていくというか…」
「たしかにな。膨大になりすぎた欲望のために向こうを捨てなきゃいけなかったのに、逃げてきたここでもその生活を望むなんて。…何も学んでないな、俺たち。」
俺の言葉に彼も頷く。

手の中に戻ってきたサングラスを掛ける。目を向けた先には青い夕日が見える。火星での一日が終わる。
空には、俺たち人類が捨てようとしている地球が浮かんでいた。

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